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『Climate Tech × 経済安全保障 | PEP 政策ダイアログ』を公開しました

作成者: PEPPEP|2024/5/9 (木)

 

PEP 政策ダイアログは、ディレクターの馬田が様々な政策領域の専門家をお招きし、社会課題やその解決策などについて対談を行う番組です。Policy Entrepreneur's Platform (PEP) が主催しています。

今回は、地経学研究所(IOG)主任研究員の相良 祥之さんにお越しいただき、経済安全保障とClimate Tech領域の関わりについてお聞きしました。

■■ 登壇者
■ゲスト:相良 祥之
国連や外務省など経て現職。慶應義塾大学法学部卒、東京大学公共政策大学院修了。国連ではニューヨークとスーダンで勤務しアフガニスタンやコソヴォでも短期勤務。

2005年から2011年まで株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)にて事業開発を担当。
2012年から2013年まで国際協力機構(JICA)農村開発部にて農村・水産開発案件を担当。
2013年から2015年まで国際移住機関(IOM)スーダンにて選挙支援担当官を務めたのち、事務所長室にて新規プロジェクト開発やドナーリレーションを担当。ダルフールなど紛争影響地域における平和構築・人道支援案件の立ち上げや実施に携わる。
2015年から2018年まで国連事務局(NY本部)政務局 政策・調停部。ナイジェリア、イラク、アフガニスタン等における国連平和活動のベストプラクティス及び教訓の分析・検証、ナレッジマネジメントを担当。国連アフガニスタン支援ミッション(UNAMA)が展開するカブールでも短期勤務。
2018年から2020年まで外務省アジア大洋州局北東アジア第二課で、北朝鮮に関する外交政策に携わる。対北朝鮮制裁、サイバー、人権外交、人道支援、国連における北朝鮮政策など担当。
2020年からアジア・パシフィック・イニシアティブ主任研究員。日本のコロナ対応を検証した「新型コロナ対応・民間臨時調査会(コロナ民間臨調)」で事務局を務め、『調査・検証報告書』では水際対策、国境管理(国際的な人の往来再開)、官邸、治療薬・ワクチンに関する章で共著者。2022年から地経学研究所 主任研究員を兼務。

■ホスト:PEP ディレクター 馬田隆明

■■ 協力
地経学研究所 https://apinitiative.org/project/geoeconomics/

日本語文字起こし

馬田 
Policy Entrepreneur's Platform 政策起業家プラットフォームの馬田です。今日は相良さんをお招きして気候テック×経済安全保障でお話していきたいと思います。相良さんよろしくお願いします。

相良 
よろしくお願いします。

馬田 
では早速ですが自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか?

相良 
地経学研究所の主任研究員を務めております相良でございます。私ども、PEPと地経学研究所は、国際文化会館、アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)のプログラムとして前からいろんなシナジーはあったんですけれども、今日こういった形でお話をできるのを楽しみにしております。私自身は経済安全保障政策あたりを中心に見ています。よろしくお願いします。

馬田 
よろしくお願いします。この気候テックいわゆるClimate Techと呼ばれている領域と経済安全保障、なかなか結びつきがあるようでないような感じの領域だと思うんですけれども、ぜひこの対談のトピックを選ばせていただいた背景から、私から少しお話させていただければというふうに思ってます。気候テック Climate Techと言われている、スタートアップを中心とした気候変動に対処していく技術あるいはビジネスというものが今世界中で盛んになってきておりまして、その中でぜひこの領域いろんな方々に関わっていただきたいというふうに思っていますし、いろんな領域に関わっていかなければ、おそらく進んでいかないというふうに思っています。その中で非常に密接に実は関連してるのが経済安全保障かなというふうに思っておりまして、相良さんとそうしたお話をさせていただいたときに、ぜひこの領域で少し2人で話してみようということになりまして、今回この場をセットさせていただきました。相良さんはこの経済安全保障でいろいろと活動していく中で、気候変動や気候テックと関わることが少し最近あったというふうに伺ってますが、そのあたり少しお話いただいてもよろしいですか。

相良 
気候変動、あるいは脱炭素と経済安全保障というのは別々に語られることが多いんですけれども、実は共通しているところがあって、通常の市場メカニズムではカバーできないというところだと思います。そこにおそらく産業政策として政府が関与する余地があるということで、近年注目を浴びているということだと思います。その焦点として、半導体といったコンピューティングと合わせてクリーンテック、もう一つはバイオテックですね。そういうのがよく注目をされいる。私は国連や外務省で勤務をしてきた実務家でございます。20年前ぐらいに大学で就職活動していたときに、まさかスタートアップとか脱炭素、あるいは安全保障というものが、こういった形で交錯していくというのは、予想もできなかったというのが正直なところだと思います。私は大学を卒業して一社目はITベンチャーだったんですけれども、それから安全保障の実務を経験してからこういった形で今、経済安全保障と産業政策の交錯というところに関心を持っています。馬田先生のご質問のあったところでいうと、先日まさに経済安全保障、あるいは安全保障に関してですね、インドでライシナ・ダイアローグという国際会議がありまして、そこにお招きいただいて、登壇してインド太平洋におけるグローバルな連携といった、いわゆる外交・安全保障のトピックを議論してきました。そこで非常に興味深かったのが、インドは気候変動についても技術の力で世界に貢献していくんだという姿勢を、インド外務省の高官が語っておられていて、その中で出てきたトピックが、一つは原子力、スモールモジュールリアクター(SMR)ですね。次世代の原子力の技術について外務省の高官からインドとしても推進していきたいんだというお話があった。もう一つはアフリカのとある国の環境省の政府高官ですけれども、その方がおっしゃられていたのが、いま我々は火力発電にほとんどエネルギーを頼っているけれども、エネルギーミックスを中長期的には変えていきたいんだと。エネルギーミックスをこれからは化石燃料と再エネと原子力、この三つで3分の1ずつにしていきたいんだというのを、そのアフリカの比較的、新興国と呼べる国ですけれども、環境省の政府高官がおっしゃられていたことが非常に私の中では意外でございました。外交・安全保障と、エネルギー、グリーンとの接点というのが非常に深いんだなというのを感じたところでした。

馬田 
そんなに技術の問題が出てきたんですね。

相良 
SMRという単語が出てきたのは非常に意外でした。昨年のCOP(28)で原子力とかSMRが技術として着目されてきたところがあって、そういった背景もあったんだとは思います。あと、いわゆるグローバルサウスと呼ばれる新興国や途上国にとってはロシアのウクライナ侵略以降、エネルギーの問題とか食料の問題というのが、彼らの生命と繁栄に関わる大きな問題になっている。そういったものを打開する一つの解決策として、新しいクリーンテックへの期待というのがグローバルに広がってるんだなというのを垣間見たような気がします。

馬田 
なるほど。私も最近Climate Tech系のEUの団体の方とお話することがあったんですけれども、そこでも出てきたのはやはりエネルギー安全保障的な観点。やはりウクライナのあの1件があって、やはり各国エネルギーをある程度独立していかなければいけない。そのためにテクノロジーが必要だということで、非常にそうした文脈でもClimate Techとかクリーンテックが注目を浴びているという話を聞いたので、そこと軌を一にするなというふうに感じました。今の話聞いて。何か他にインドの中で気づかれたこととか感じていたこととか、ありますか。

相良 
私インドは20年ぶりに行きまして、経済的な勢いは非常に感じたところです。あと技術を荒削りでもいいからとにかく使ってみようという感じはすごいします。いわゆるハイテクな機器も、配線とかもこれで本当に正しいのかというようなものでも頑張って使っていたりとかもしました。とにかく技術をマーケットでテストしてなんぼという感じはインドの強みなんだろうなというのは思いました。インドって日本からすると、インフラがなかなか整っていなくって、水とか電気が不安定だという形で語られるところが多いんですけれども、州によってはそういった問題も解消できて、日本企業を大量に招いて、日本企業のための工業団地を作っていたりもしている。そういったところは水も電気もかなり安定してできてるようになってますし、あとは電気という観点ですと、私よく思うのが日本に長く住んでいると、電気は通って当たり前だというところがベースなんだと思うんですよね。安定稼働率99.9%以上というのがおそらく水も電力も当たり前なんだと思うんですけれども、私は国連で、スーダンというアフリカの国で2年間仕事をしてました。スーダンはいま内戦で大変なんですけれども、私が仕事をしていた約10年前も、電気がしょっちゅう止まるんですよね。水も綺麗な水がまず出てこない。そうすると水については、飲み水は自分で確保してくるのが当たり前だし、電気もインフラに頼れないんで、ジェネレーターがあるのが当たり前。各家庭に、富裕層には限られるんですけれども、各家庭とオフィスにジェネレーターがあって、電気が切れてもジェネレーターが発電して、その家なり、自分の周りのスペースは電気が通る。したがって、水とか電気はタダじゃなくて、それを自分たちで手に入れなきゃいけないんだというところが、むしろ途上国とか、あるいはグローバルサウスの多くの国にはスタンダードなんだと思うんですよね。なので、おそらくSMRとか、いわゆるジェネレーター発電方式の考え方の人たちからすると割と理にかなっていて、少なくともそういった政府機関とか大きい工業団地で発電ができればいいじゃないかというところで、機敏な形で、日本とはかなり違った発想でエネルギーとかクリーンについて考えているという感じはします。

馬田 
日本はインフラが整ってしまってるがゆえに、ちょっとでも瑕疵があるとそこが目についちゃう。例えば再生可能エネルギーとかも夜は発電できません、太陽光ですから。ただそれってある意味、グローバルサウスとかだと当たり前と言えば当たり前かもしれないですよね。

相良 
そうですよね。先進国は先進国で、日本とは全く違った動きがあって、欧州というのはよく言われているのが、27カ国でEUを作っているので、その27カ国をまとめるためのルール作りが彼らにとっては至上命題で、EUってルール作りが強い国だよねというふうに言われると思うんですよね。クリーンテックやグリーンの関係でいうと、2020年のコロナ危機の初期の段階で各国とも大きな産業政策を展開していくわけですけれども、その中で2019年の末からEUでグリーンディールという動きがあって、その中でちょうどコロナが2020年に来たので、EUの補助金の付け方というのは、改革なければ支援なし、GXできなければ支援しないという形でですね、CO2を出すような企業とか組織に対しては厳しく迫っていった。脱炭素の取り組みをしてくれるんだったら支援をするよ、という、うまい形で脱炭素と産業構造の変革やトランスフォーメーションを繋げていったというところはあったと思います。そういうのは日本からもすごく参考になりますし、EUから学べるところはたくさんあるのかなと思いますね。

馬田 
なるほど。いまルールとEUの話が出てきましたけど、最初に経済安全保障も気候変動も市場メカニズムだとうまく解決できないからルール作ったりしなきゃいけないというところで、今EUとかあとアメリカとかもIRAなどを導入していろいろやろうとされているという中で、IRA非常にスタートアップにも裨益する仕組みになってるかなと思っています。税額控除であったりとか、特定のもちろん重要な技術に対してですけど、であったりとか。そこに対してIRAの観点で見ていくと産業政策としてグリーンをちゃんと次の産業にしていくんだというふうな意図に加えて、もちろんイノベーション政策もそうですし、あと雇用政策とかもかなり関わっている。それに加えて特定の方々にスキルトレーニングをすると、税額控除のクレジットをより多くしますよというふうなメカニズムも入っていたりとか、それに加えてやはり教育の政策にもそっちに引っ張られていって、もちろん最終的に環境、ちゃんとネットゼロにして近づけていきましょうみたいな。本当にいろんな政策が一つになってIRAみたいな感じになってるのかなというふうに思っていて、こうした観点で今後の気候テック、あるいはイノベーション政策、経済安全保障政策、産業政策を一体として捉えてやっていかなきゃいけないのかなというふうな感覚を個人的には持っているんですけれど、相良さんはいかがですか。

相良 
情報と政策の統合って私よく言うんですけれども、どういったことが世の中、あるいは企業、アカデミアのフロンティアで起きていて、どういうリスクとか脅威があるのかという、そういった情報。あと政府内の政策をどこかで統合していかなきゃいけないんだろうなというのは、これは日本のあらゆる政策に共通する課題だと思っています。まさに馬田先生おっしゃられた通り、気候変動対策あるいは脱炭素の政策群と経済安全保障の政策群をうまくコーディネーションしながら、統合ですね、インテグレートしていくというのは、本当に重要だと思います。経済安全保障政策の方で申し上げると、2022年に経済安全保障推進法が成立いたしました。これは経済安全保障の政策群の中でも、まずはこれに取り組まなきゃいけないというものを四つ特出して取り組んでいます。サプライチェーンの強靭化、基幹インフラの安定稼働、重要新興技術の育成、秘密特許制度ですね。まずはこの四つを法制化して進めなきゃいけないということで、2022年5月に経済安全保障推進法が成立しました。もう2年になるんですけれども、これにいま経済安全保障版のセキュリティクリアランスを進めていこうというふうに政府の方ではされている。経済安全保障に関する産業技術基盤強化アクションプラン、いわゆるアクションプランというんですけれども、具体的な工程表を作って、戦略を作って進めていこうというのを経済産業省の方で2023年の後半から進めておられます。アクションプランの中でいわば戦略産業として注目している技術群がコンピューティング、グリーンテック、バイオテック、あとは宇宙防衛といったところ。この中にもクリーンテックが入ってきていて、やはりグリーンテックへの関心は高いんだろうなというふうに思います。ただ経済安全保障で出てくるグリーンテックは比較的絞られていると思ってます。例えば蓄電池。電気自動車(EV)の蓄電池が特定国に依存しているということで、これを安定的に供給する上で脆弱性があるというのが問題視されています。電気自動車では蓄電池が価格の半分近くを占めるとも言われてますので、バッテリーへの関心が高まるのは理解できるところがあります。その中で重要鉱物を使うわけですよね。リチウムとか重要鉱物も安定的に供給できるようにしなければいけない。あともう一つよく議論になるのが太陽電池で、太陽光のパネルとかは中国に依存しているということが世界中で見られる現象です。そういったものがサプライチェーンの脆弱性になってるんじゃないかとかいう形で言われているので、次世代太陽電池、そして日本の技術と原材料で作れるペロブスカイト太陽電池とかが注目を浴びている。何かもうちょっと他にもあるんじゃないのかなというところがありまして、その意味では逆に私の方からも馬田先生にお伺いしたいのが、経済安全保障の一つの目的というのは、国民の健康と命と繁栄を守るために経済的な手段でもって安全保障を推進していくんだ、という形で今進めてるわけですけれども、いわゆるクリーンテックの業界やスタートアップでも、こういった技術というのは経済安全保障のために重要であって、もっと注力しなきゃいけないんじゃないかという、そういった技術とか産業とか、もしあればぜひお伺いしたいです。

馬田 
基幹インフラのはClimate Tech、かなり関わっているなというふうに思っております。それ以外のところでいくと、例えば水そのものもひとつイノベーションといいますか経済安全保障とか含めてあり得るところかなと思っていましす。例えばビル・ゲイツのベンチャーキャピタルが投資しているSOURCE Globalというところがあります。ここは太陽光パネルみたいなものを使って次世代太陽光のエネルギーを使ってですね、空気中の水を圧縮して水にするというふうなものを作って本当に製品化しているスタートアップがあったりします。こういうのがコストパフォーマンスよく使えるようになっていくと、水道の老朽化とか進んでますけれども、もしかしたら改築するというよりは、そういうツールを使ってそれぞれオフグリッドで水を作っていくことができるかもしれない。さらに水をリユースとかできるようになっていくと、さらにオフグリッドが進んでいって、いろんなところに住めるかもしれない。あるいはそこで再生可能エネルギーみたいに本当にどこでもエネルギー、水が取れるというふうになっていくと、国として独立性が上がっていく。どこかに依存するのではなくなっていくということもあるかと思っていて。日本は特に水って一般的に入手しやすい国ではあると思うんですけれども、他の国だとそうした技術とか、今後エコノミックセキュリティに関わってくるところかなというふうに思ってたりします。

相良 
他にもいくつかあると思うんですけど、水は非常に重要だと思ってます。いわゆるグローバルサウスの国々の多くでは水に苦しんでる国が、日本では想像できないぐらい非常に多い。昔はbottom billionというふうに言われていたりもしましたけれども、貧困層はもちろんですけれども、人道支援の現場でも水を綺麗にするフィルターって本当に重要です。私がスーダンで仕事をしていたときも、水のバックから水のバックの間にチューブがあって、移すだけで間のフィルターで綺麗になって、川の水でも、飲める水にできるというものがあった。例えばそういったものは中東の国が作ったりしていた。中東の国ってやはり綺麗な水を欲しいというところへの思いがすごく強いので、いろんなスタートアップがあったりしてですね、人道支援の現場でもそういったものを使っていたんですけれども、やはり課題はメンテナンスで。フィルターだとどうしても使用回数も限られてくるんですね。災害とか紛争で困ってるときにしか使えないものがあるので、例えばそれが日本の技術とか、先ほど馬田先生がおっしゃられたような技術だと、その場で水を循環しながら使えるということで、非常に広がりもあると思います。同様の過酷な状況での水というところでいくと、例えば防衛の現場でもやはり水が手に入らないというところがあるときに、そういった技術が防衛産業の中でも、これは日本発の技術としてグローバルにも打って出ることができると思います。国益のみならず国富にも繋がるような、産業として水がひとつキーワードなのかなというのは思いました。

馬田 
防衛も今話が出てきましたけれど、一つの技術、Climate Techにとって、複数の応用先といいますか、実はこっちにもこういう価値をもたらすんだというところがいろんな観点で見えてくると、この業界が最終的に気候変動とかに寄与する形で発展していけるのかなというふうに思っていて、そうした意味で本当にいろんな政策を絡めながら、いろんな観点でこの技術であったりとかこのビジネス事業はどういう社会的な意味を持つのかというのをやはり見ていく必要があるのかな、というふうに個人的には感じてます。あとは、Innovation-Based Economic Securityという記事が最近、二、三年前ですかね、出てたんですけど、サプライチェーンリスクとかがある中で、その問題を解決するためのイノベーションをちゃんと起こしていかなければいけないというふうなところが、今回の経済安全保障推進法の中にも入ってると思いますけれど、こうした観点で技術をちゃんと見ていくというのも非常に大事かなと個人的には思ってます。

相良 
イノベーションについて、これはぜひ今日、馬田先生にお伺いしたいと思っていたのが、経済安全保障の中でイノベーションを語ったり、あるいは科学技術政策についても、経済安全保障政策の中で議論はされるわけですけれども、そこにおけるイノベーションの議論というのがやや単線化というかシンプルなところがあって、技術と産業があまり区別されていない。技術の社会実装、真の意味での社会実装というのがあまり論じられていないようなところはあると思います。まさに『未来を実装する』で馬田先生が社会実装についての方法論を本で上梓されておられますけれども、社会実装という観点がこれから非常に重要になってくるんだろうなと思います。死の谷というところは経済安全保障の議論の中でも時々するんですけれども、実は死の谷だけではなくって、その前にシーズの段階ではまず魔の川が広がっていて、魔の川を越えてようやく特許とかで死の谷があって、キャズムをどう超えていくかというところもある。産業化した先には今度はダーウィンの海が広がっていて、それはそれで競争に勝っていかないといけない。一つの技術が育って産業になっていくまでというのは本当に長いプロセスがある。R&Dと呼ばれる研究開発だけではなくって、コマーシャライゼーションとか、あとはよくアメリカで議論するのは、Technology-Market Fitとかですね。そういったところを真剣に考えていかないといけない。あとはいわゆるスピードですよね。社会実装までのスピード、いわゆるアジリティの問題は重要だと思ってます。いま政府の政策の中でもアジャイルというのがよく言われるようになってきていて、本当に隔世の感があるなというふうに思うのは、十数年前にIT系のベンチャーで働いていたときに、ちょうどスマートフォンが出てきた時代で、アプリの開発とかってウォーターフォールじゃ駄目で、アジャイルだと。私もそのプロダクトオーナーというのをやっていて、毎朝ミーティングをやって、15分ずつ今日何やるかというのを方向転換(ピボット)をしながらですね、マーケットでテストして改善していくというアジャイルというのが、システム開発の一つのあり方として出てきていた。まさにそれが政策形成の中でもですね、アジャイルな政策というのが重要なんじゃないかと。これだけ競争も厳しくて大国間競争が激しい中で、このアジャイルな政策をどう打ち出していくかというのが非常に重要になってきているというところがポイントになってきていると思ってます。その観点でいくと先ほどIRAの話を馬田先生されまして、もう一つIRAとともにアメリカが進めているのがCHIPSプラス法(CHIPS・科学法)、半導体、特に先端半導体をアメリカで作るんだと。そのためにTSMCとかサムスン、アメリカのマイクロンとかGlobal Foundriesといった会社を支援していくんだと。CHIPS・科学法で、この巨額の支援をしていくんだ、中国からの依存を減らすんだというのを打ち出して、支援が実際に開始されて、お金がつくようになったのって実は最近でして、1年 
半ぐらいのリードタイムがあるんですね。この間、中国が脅威だというふうに高らかにアメリカとしては宣言をしていたので、中国の方は危機感が高まってしまっていて、これ半導体の「大基金」って言われるんですけれども、中国における半導体の育成のためのファンドがあって、それの第1号ファンド第2号ファンドまであったものの第3号ファンドを今度作るということで、中国の中で数兆円規模の半導体の内製化、自立自強を中国は進めようとしているということで、アメリカとしては本当はもっと先んじて半導体の開発を進めなきゃいけなかったのに、いろいろ手間取っている間にエスカレーションが上がってしまって、中国の方が追いつかんとしている。経済安全保障の中でもこのアジリティの問題というのが出てきているなという感じがします。先ほど申し上げたR&Dだけではなくて、技術から社会実装までが長いとか、アジャイルが大事だというところが経済安全保障の観点では大事かと思うんですけれども、これはClimateTechの実践を見てこられた馬田先生としても、どういうふうに見ておられるかというのがあれば伺いたいんですけれども。

馬田 
おっしゃる通り、日本においてイノベーションというと、どうしてもR&D、いわゆる技術開発、研究開発の方に寄ってしまいがちだなというふうな印象を私も持っていて、イノベーションってやはり普及してなんぼといいますか、ある程度普及して本当にイノベーションと言えるようになると思いますし、実際に今のClimate Techと言われているもので例えば鉄鋼とかに関しても、これまで作っているものは同じ、成果物といいますか、最終的にできるものは同じ。ただ作り方が違うグリーンな作り方でやっているので、その分グリーンプレミアムと呼ばれている金額が載っていると。この載っている金額をいかに下げていくのかが問題なのに、R&Dだけになっていくと、例えば大量生産とかに目が向かないと、なかなかそのグリーンプレミアムが減っていかないというふうな問題があるのかなというふうに見ています。そのR&Dだけをイノベーションとして見ないというふうなところが大事で、実際にアメリカのDOE(エネルギー省)だと最近R&Dではなくて、RDD&Dと言っていろんな政策を作っています。RDD&DのR&DはResearch & Developmentですが、それに加えてDemonstration 実証をちゃんとしていきましょうと。あとDeploymentをしていきましょう、のD。それぞれに対して例えばローンをつけたりとか、デモンストレーションに対しても何かしらのファイナンシャルな政策をつけて、そこをやりやすくするみたいなことをちゃんと考えて本当一気通貫でいかに社会実装を本当に普及させていくのか、というふうなところの政策体系を作っているのかな、というふうに見てて思ってます。日本もそこに追いつけという感じで、いろんな政策されていますし、デモンストレーション、デプロイメントの後のデマンドサイド、需要サイドとしてそこに対する補助とかもつけようとしてるとは思うんですが、ここをいかにどう作っていくのかというのがClimate Techの業界だけを見ていると非常に今、日本で今後やっていかなきゃいけないのかなというふうなところだったりするのかなと思ってます。そこに加えてやはり先ほど申し上げた雇用政策、そこに対してクレジットを5倍とかにしますよと、スキルトレーニングすれば5倍とかにしますよというふうな雇用政策に加えて、そこに対する人材を流していく教育政策、あるいは経済安全保障というふうな観点とかも巻き込みながら、いかに総体的な統合された政策を作っていくというのが、多分今後Climate Tech領域もやっていかなければいけない視界といいますか視点なのかなというふうに個人的には思ってます

相良 
非常に重要な視点で、まさにどういうふうに社会実装に繋げていくかというところで、人材というお話もされましたけれども、そういったものを踏まえて、どううまく産業政策を展開していくかという論点にもなってくると思うんですね。私ども地経学研究所で、今度『経済安全保障とは何か』という本を出版いたします。この中で私は健康医療領域の経済安全保障について書いたんですけれども、そこで紹介をしたのがmRNAワクチンの事例でして。これはまさに世界中の人々の命と健康を守るための大きなイノベーションだったんですけれども、mRNAワクチンってほぼ商用化の手前までは行っていて、アメリカのオペレーション・ワープ・スピードとか、日本や欧州における社会実装の競争で1年弱で市場に出すことができたという非常に興味深い事例だと思ってまして。その中で私が特に注目をしたのがイギリスなんですよね。なぜイギリスかというと、イギリスはワクチン調達をVC(ベンチャーキャピタリスト)的にやったというところが非常に面白いところで、いわゆるライフサイエンス系のベンチャーキャピタリストというのを政府が1本釣りしてきてですねーーケイト・ビンガムという方なんですけれどもーーこのケイト・ビンガムというベンチャーキャピタリストに最高のチームを作らせて、元外交官とか法律家とかサイエンティストも入れてですね、まさにVC的な手法でワクチン調達を進めたというところがあります。どういうことかというと、最初にポートフォリオを作って、いくつかものになりそうなワクチン群というのを作っておいて、そのポートフォリオに基づいて動物(非臨床)試験があってその後にも人の(臨床)試験があって、人の試験では第I相、第II相、第III相という形でステージがある。VCって最初にシーズがあって、アーリーがあって、レイトになっていくというところで、その中で資本政策を考えたり人事政策を考えたりというのをスタートアップと一緒にやっていくわけですけれども、まさにそういった手法で第I相、第II相、第III相の臨床試験をクリアしていくごとに、いわばフォローオン投資で額を積み増していくという手法で、イギリスはワクチン調達に成功した。成功したというのは世界で初めてファイザーのmRNAワクチンを打ったという意味での成功ということなんですけれども、これは日本としても非常に学ぶべきところが大きい。ケイト・ビンガムは講演をしていて、そこでワクチン調達の責任者になったときに、どういう調達戦略を考えなきゃいけないのかと思ったときに、イギリスはEUから離脱しているので、ワクチンメーカーからするとマーケットとして小さい。なので、我々イギリスはワクチン会社に対して最高の顧客にならないといけないと。人口でいうとアメリカや日本や欧州に比べるとマーケットとして小さいので、単純な調達競争だったらイギリスは簡単に負けるというのを最初からby designで考えていた、というのを言ってるんですね。金額の大きさでいうとアメリカも日本も非常に大きかったわけですけれども、それよりはVC的手法で、アジャイルでいち早くポートフォリオを組んで第I相、第II相、第III相と非常にスピーディーに進めていったというところはイギリスから学べるところなんじゃないかなと思ってます。私どもAPIの方で「コロナ民間臨調」という形でコロナ対応について検証して2020年10月に発表した。その中でもワクチンについての章を当時一章設けておりまして、当時まだ2020年の前半はワクチンの話とかってほとんど出てきてなかったんですね。日本で話題になり始めたのって2020年12月にイギリスでmRNAワクチン、ファイザーとビオンテックの開発したものが実際に接種されてから注目を集め始めたのかなと思うんですけれども、当時、我々の検証の中でも実は厚労省とか政府高官はワクチン調達というものを戦略的に考えていたところはあって、後から振り返るとそういったVC的手法に近いようなものもあったのかなというのはあったんですが、そういったものが、いわば暗黙知として行政官の頭の中で経験として蓄積されていて、なかなか体系化されていないというところが課題なのかとは思いました。まさに『未来を実装する』を行政官の方も見ていただくと非常に参考になるんじゃないかと思うんですけれども、そういう意味では産業政策もVC的に、Government as a Venture Capitalistというのがこれから大事になってくるんじゃないかなとい思います。政府がVC的な手法とか社会実装をしていく上で、この辺が課題だとか、もっとこういったところができればいいんじゃないかとか。(他国で)こういったところが参考になるんじゃないかとか、そういうのはどうでしょうか?

馬田 
これまで日本の技術という観点で見ると、先ほどもR&Dがイノベーションとして見られがちというふうな話があったと思うんですが、供給サイドに目線が寄っていた感じがしていて、より需要サイド。グリーンの需要をどう作っていくとか、デプロイメントに向けてどういうふうな政策パッケージを作っていくのかとか、むしろこのイノベーションの後ろの方にもう少し視点を移して物事を考えていくと、何かいろんな新しい政策が見つかっていくのかなと思ってます。あとは他の領域の政策を産業政策に応用するというのも一つの方法なのかなと思っていて、先ほどワクチンの話出ましたけれども、まさにワクチンのところで使われていたAdvance Market Commitmentみたいな、事前にこういうスペックのものができれば買うよというふうな手法が今、Climate Techの領域だとCO2のダイレクトエアキャプチャーの領域で、これぐらいのスペックでこの値段だったらもう買いますよというのを事前にコミットしていく、Advanced Commitmentしていくみたいな、そういうことをして特定のイノベーションを誘引していこうというふうな動きがあったりするので、そういう意味だとデマンドサイドに移しつつ他のいろんな産業政策、あるいは健康の政策、あるいは経済安全保障政策、いろいろ見ながら本当に総体的に政策を作っていくという必要が今後出てくるのかなというふうに思っております。

相良 
馬田先生の方法論、経済安全保障でもそういうことを学んでいかなきゃいけないなと思うところです。

馬田 
経済安全保障も気候変動も大事なので、お互い知識を交換し合いながら、なかなか政府の中だと、どうしても省庁間の縦割りになってしまいがち、それはもう組織上仕方がないと思うんですけれども、そこをうまく横串を通して、外部にいるシンクタンクだからできることかもしれませんし、その辺をうまく繋げながら、総体としても本当に日本の社会がこっちに向かっていくべきだというふうな政策のヒントとかを、うまく第三者とか民間から出していけるといいのかなと個人的には思ったりはします。

馬田 
そろそろまとめになってきましたが、もし相良さんから最後にメッセージや何か一言ありましたらお願いします。

相良 
本当に今日は貴重な機会をいただきましてありがとうございました。Climate Techは経済安全保障の中でもまだまだ関心が及んでいないところなんじゃないかなというふうに思います。どうしても経済安全保障というと半導体というふうに捉えられがちですけれども、先ほど申し上げた通り、コンピューティング、AI、量子、半導体のみならず、クリーンテック、あとはバイオテックですね。これはまさにこれから地経学研究所で出します『経済安全保障とは何か』の中でも少し述べたんですけれども、まさにこういった広い形で俯瞰しながら政策を推進していく必要があるんだろうなというふうに思いますので、地経学研究所が進めている経済安全保障を中心とした地経学についての研究と、PEPの研究というのを、今後もこのAPI、国際文化会館の中でシナジーを作りながら発信できればと思ってます。

馬田 
まずは今日はその第1回ということで、本当に相良さん今日はありがとうございました。

相良 
ありがとうございました。