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国際政治学者たちの米中競争—佐橋亮 東大准教授が語る研究者と政策過程(中編)  

作成者: PEPPEP|2019/12/2 (月)

シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第5回

前編に引き続き、中編では現在の米中競争下における、ワシントンの対中戦略・政策形成にかかわる様々な専門家コミュニティの諸相、そして、米中対立の激化の狭間にある研究者コミュニティのいまについて、お話を伺います。

前編はこちらからご覧ください。

研究者達の米中競争?:米国の対中戦略と専門家コミュニティの変遷

米国では、対中政策の形成に研究者を含む専門家コミュニティの議論が影響してきたとよく言われますが、佐橋先生のご意見をお伺いできますか。

基本的に過去40年間のアメリカの中国政策は、政権・政府の中にいる人と元政府高官をはじめとする中国専門家ないし中国との利害関係者の相互作用の中に出来上がってきました。いうなればアメリカの対中政策形成には、多様なアクターによる影響力行使を通じた全米的基盤があり、それは特定の政府・政権を超えた現象です。

例えば天安門事件が起きた後から90年代にかけてのアメリカの対中政策で、ホワイトハウスにいる政府高官たちは問題の管理・収束に努め、やがて関与政策を形成しました。そこではホワイトハウス内部の中国・アジア専門家、そしてそれに支えられたNSC(国家安全保障会議)で大統領補佐官がかなり中心的な役割を果たしてきたわけです。他方で、辞職後のニクソン元大統領やキッシンジャーなども外部から大きな影響力を行使します。企業も資金を注いで影響力を行使し、また逆の方向には人権団体やそれと結び付いた一部の連邦議会議員がいます。

政府高官の多くは中国語や中国の思考が分からないため、一般的には中国の分析法や情勢がわかる中国研究者なども影響力を持ってきました。

―そうした歴史的経緯の中で、現在の対中競争戦略も中国を専門とする研究者コミュニティの見方が大きく影響しているのですか。

 

現在の対中戦略の形成においては…「中国」そのものを見据える地域研究者・中国専門家よりも、「中国の軍事力・パワー」を観察対象とする軍事・戦略家が言説を牽引するようになりました。

いえ、どちらかというと現在の対中競争戦略は、今世紀初頭頃から国防総省を中心としたコミュニティで形成されてきました。議論を牽引する中心は基本的には米軍―国防総省の軍人・文官で、その周辺にコンサルタント・軍需産業が取り巻き、軍事・戦略を主な研究テーマとする、国防総省の思考法に近い研究者も含まれます。現在の対中戦略の形成においては、過去の政権よりも従来の研究者コミュニティの影響力は相対化されてきた気がします。

もう少し細かく言えば、議論の焦点とそれを牽引する声の大きなオピニオンリーダーの層が変化している。「中国」そのものを見据える地域研究者・中国専門家よりも、「中国の軍事力・パワー」を観察対象とする軍事・戦略家が言説を牽引するようになりました。この流れ自体はオバマ政権後期頃から始まった現象ですが、現在はここにいわゆる経済ナショナリストも合流する中で、今の対中競争戦略が形成されています。勿論ワシントンの専門家も一枚岩ではなくて、最近では中国自体をしっかり見据えて対中政策を形成すべき、とする従来の研究者・中国専門家も様々な声をあげています。他方で現政権の中で、主流派が国防政策コミュニティと経済ナショナリストのため、現状に落ち着いているのかと思われます。

米中競争と研究者コミュニティ―熾烈な国家間対立の狭間で

いわゆるシャープパワーや先端技術の知財盗取等の文脈で、中国による大学・シンクタンクへの攻勢と、それに対する米国側の様々な対抗措置も議論になっています。米中対立は両国の研究者コミュニティの学術交流等にも影響していますか。

アメリカにおける中国の政治工作の現状は、スタンフォード大学フーヴァー研究所が出した報告書が最も詳しいです。それによれば中国関連の研究者や学生に対する中国政府と関係機関の関与は強く、政府と歩調を合わせた内容の発信をさせるように暗に圧力をかけてくる。アメリカ側の多くの研究機関は中国との研究交流に対し失望しており、取り止め始めているものも多くあります。研究交流を行っても何か新しいものが得られるとは思えないということですが、外交・安全保障政策に関する共同研究にはかなり深刻な影響が及んでいるともいえます。

ここまで米中対立が激化すると、そもそもどうすれば両国間の建設的な議論に繋がるのかが見出しづらくなってくる。アメリカ側にも今のトランプ政権の対中政策に対する異論はありますが、それが中国政府・中国の研究機関との研究交流を強くする形にはあまり結び付かない。むしろ中国政府の代弁者のように受け取られてしまうなど、負の効果に対する懸念もあるため、結局米中の研究者間ないしシンクタンク間対話は減少傾向にあります。

社会科学以上に自然科学は深刻で、米国企業への投資規制や輸出管理に加えて、大学や研究機関での科学技術分野の研究に従事する中国人研究者・大学院生への規制が日に日に強化されています。また来年には新興技術(emerging technology)・基盤技術に関する規制も一部始まると思われるので、科学技術交流という1980年代以来の米中関係の屋台骨には深刻な打撃が多分出てくるでしょう。

試される研究者倫理と今後の学術交流の姿

―ある種、大学やシンクタンクが国家間(政府間)の影響力行使の草刈り場となる中で、個々の研究者として求められる倫理とはどのようなものになると思われますか。

 

絶対に資金の出し手には忖度しない。研究の趣旨目的等については議論に応じても、社会学における学問の自由の意味でも、自らの研究の中身自体には絶対に触らせないように意識するべきです。

アメリカの例をみていると、外国政府からの資金を受け取ることには、何通りかのやり方があります。1つは全く受け取らない。2つ目は、受け取るが、施設整備など研究に関係のないことに使う。3つ目は、研究活動にも使うが相手に忖度しないように使う。4つ目が相手とズブズブの関係になる。研究者倫理として、4つ目は論外として、残りの3つの選択肢の中で、各研究者がどのように個人として判断し、立ち回れるかだと思います。

判断軸は難しいですが、まずは資金の出し手がどういう点は重要な要素です。日本から見たとき、アメリカやアメリカの同盟国からの資金と、中国のようなそれ以外の国からの資金では大分意味合いが異なるでしょう。また、選択肢の3を取る場合でも、絶対に資金の出し手には忖度しない。研究の趣旨目的等については議論に応じても、社会学における学問の自由の意味でも、自らの研究の中身自体には絶対に触らせないように意識するべきです。

例えば米国は中国の様々な政治的工作への対抗措置として、ビザ発給制限などの施策を打ち出していますが、こうしたものについてはどのようなお考えをお持ちでしょうか。

それは下策だと思います。特に学術調査で来た人全てを一律に拒否するようなことは、我々の社会の強みの開放性を失わせてしまいます。学問分野を問わず、そんなことをしてしまえば自由を基盤にした社会をみずから壊すようなものです。さらに中国の学問の発展を考えれば、異なった二つの世界を作り出すだけで、それは知の発展にも貢献せず、私たちの生活を豊かにしてくれません。

アメリカはとにかく政策が極端に動いていくので、それに従う必要もないし、彼らのやることが全て望ましいと考えるのは、誤った認識だと思います。過去20年にイスラム系の人々に行ったアメリカ政府の措置も思い出してください。

―政府の公式対話(Track1.0)の対立が激しいからこそ、民間+非公式の政府職員によるTrack1.5や、民間レベルのTrack 2.0の対話に一定の意味があるとの意見もありますが、現在の情勢下ではこの点はどうでしょうか。

 

米中・日中のバイ(二国間)でのTrack1.5やTrack2.0は相当に厳しい状況ですがただ第三国での多国間(マルチ)でのTrack1.5・Track2.0は、僕は未だに非常に大きな意味があると思います。

政策に近い研究者を加える形で対話の場を設けておくことにはそれなりの意味があります。たしかに、中国とのTrack1.5やTrack2の意味合いは、米中の間では低下しています。日中でも、背景は異なりますが同様に厳しい局面に立たされています。2019年9月、みなし公務員である北海道大学の教授が中国政府の政府学術機関、政府系学術機関の招待状を持って訪問したところ拘束された事案は非常に大きな衝撃を与え、今後の日中の学術交流や政策対話もかなり絶望的な段階に来ています。シャープパワーは、資金等を提示して渡すことが相手の言論を忖度させていましたが、この事案はもはやその一線を超えてしまっている。身の安全の問題まで出てきたのは、健全な交流は危ぶまれてしまいますよね。その意味で米中・日中のバイ(二国間)でのTrack1.5やTrack2.0は相当に厳しい状況です。

しかし、第三国での多国間(マルチ)でのTrack1.5・Track2.0は、私は未だに非常に大きな意味があると思います。価値観も政治制度も異なる国が政策を調整していく場が政府間チャンネルだけであれば自ずと限界があります。分野を問わず、研究者を入れることで専門的な知見も、新しい発想を生む知的なかけ算も生まれるでしょう。場所の選定や情報のルールにしっかりと気をつけて、今後も発展させていくべきだと考えています。

―ありがとうございました。最終回に当たる後編では、ワシントンでの日本のプレゼンスの現状、社会科学分野における研究者の社会への向き合い方、研究者の若手時代のキャリアという3つのテーマについてお話を伺います。

(聞き手:山本貴智・平井拓磨  / 編集:瀬戸崇志)

佐橋准教授には2019年9月9日に開催した『政策起業力シンポジウム2019』での個別分科会B『新領域/フロンティアの外交・安全保障-研究と政策を繋ぐこれからの研究者の役割-』にご登壇頂きました。分科会の詳細と動画についてはこちらをご覧ください。