2020年1月7日(火)、ハーバード大学政治・統計学部教授の今井耕介 教授の来日に伴い、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)で、「EBPM 特別ワークショップ2020:今井耕介 ハーバード大学教授と議論する、日本における EBPM の未来像」(以下本WS)が開催されました。
本特派員レポートは、当該WSにおけるディスカッションのポイントをまとめたものです。前半の、今井耕介 ハーバード大学教授の基調講演の様子は、こちらをご覧ください。
冒頭の基調講演に続いて、今井耕介教授に加え、特別ゲスト・本ワークショップの共同発起人との間でのパネルディスカッションに移ります。
教育経済学者として、ベストセラー『学力の経済学』でも有名な中室牧子 慶応義塾大学総合政策学部教授、全国での復興事業や「子ども宅食」などの社会事業コーディネーターとして名高い一般社団法人RCF 藤沢烈 代表理事、経済産業省「空飛ぶクルマ」プロジェクトの発起人であり、現在は中小企業金融行政の世界の最前線に立つ 海老原史明 中小企業庁金融課総括補佐の3名をパネリストにお迎えしました。
モデレーターは、経済産業研究所(RIETI)での数々のEBPM関連事業をリードされてきた小林庸平 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社主任研究員が担当です。パネルディスカッションでは当初から参加者との議論をオープンとし、各登壇者と参加者との間でインタラクティブかつ白熱した議論が展開され、各官庁・自治体や事業者がEBPMを浸透させる上での課題と展望が示されました。当日の議論の大筋は、以下の通りです。
・今回のメインテーマは、EBPM を日本の政策現場に「実装」する現実的な方策を模索することだ。政策の現場の目線では、EBPMは「言うは易し、行うは難し」だ。EBPMを巡るコストの問題と、現場の様々な誘因が、「実装」を阻んできた。
・しかし人口減少時代の日本で、効率的に社会的価値のある政策を進めるモメンタムをつくる上で、EBPMは極めて重要なツールである。医療・農業分野などでの実績データに基づく政策評価は、様々な既得権益・伝統のしがらみがある政策分野で、行政が多様なステークホルダーと協働しイノベーションを起こす大きな武器だ。また厳しい国家財政の中で筋の良い政策に適切に予算を配分するためにも、EBPMは大きな意義を持つ。
・今後は霞が関内での各種共通データ基盤整備等を通じ、EBPMのコストを下げることに加え、EBPMと各省の予算獲得が紐づく措置を設計することなどが検討されよう。
・霞が関の文脈を超え、EBPMを日本で進めていく上で解決すべき課題は山積している。行政官と研究者の協働を促しうる制度改革、EBPMを巡る倫理的基準の整備、更にはデータ・エビデンスを「わかりやすく伝える」ことで、世論やステークホルダーを巻き込んでいくノウハウの確立や専門家人材の育成などである。
・本音からいえば、従来多くの行政官は「EBPMに基づく政策評価をされたくない」というインセンティブがあった。特に長年予算を獲得していた事業に、政策評価でケチが付き、予算が削減されることをという自体は避けたいというのが一番多い姿勢だった。また日本の各官庁では「担当者レベルで慎重に検討し、良い政策・正解を絞り込んでから意思決定過程に上げてこい!」との風潮が強い。「A案とB案で悩んでいるから、政策実験で検証して決めましょう」といった、オープンかつアジャイルな議論・判断を行う土壌が乏しいことも、EBPMの発想とは相性が悪かった。
・この意味で、EBPMを行政の現場で浸透させていくうえでは、現在の「行政の無謬性」、ないし「失敗したらNG」という発想や、減点評価が予算削減と結びつく文化を克服すること、そのためのインセンティブ構造を設計する必要があるだろう。
・例えば概算要求の時の効果測定を通じ、新規事業に予算をつけること、また逆に政策評価を行なって効果が無いことが判明した場合、「ダメな政策を思い切って終了」させることで、相当分予算を新規事業に回せる取組みなどもよいかもしれない。
・また、EBPMは「攻めの政策形成のツール」にもなることも重要なポイントだ。小規模な実証事業も含め、EBPMにより効果が明確に証明されることで、予算が増えることが期待できるケースも省庁によってはあるだろう。こういった「攻めのEBPM」(予算獲得を巡ったEBPMの活用)が普及し、官庁間で競争が生じるエコシステムができれば、それはEBPMを利用するインセンティブになるだろう。
・最近、霞が関の各省でもEBPMに関する先駆的な取り組みがではじめている。例えば厚生労働省は診療レセプトのビッグデータ活用による地方医療需要のマーケティングと医療サービス効率化の取り組みを進めてきた。農林水産省は、各種の手続・補助金などの申請の共通プラットフォームを駆使し、全国の農地・施設利活用実績の可視化に向けた取組みを実施している。
・こうしたData-drivenな取組みは、様々な既得権益や伝統のしがらみがある中で、各政策分野においてイノベーションを起こすモメンタムを、ステークホルダーを巻き込みながら作り出す「突破口」となる。
・EBPMを進める上では、各省や各部局毎のデータ規格の断片化を避け、機械判読性・統一性の高い質の良いデータを大量に収集・利活用できる枠組みを整備することで、EBPMの「コストを下げる」取組みが重要となる。
・例えば農林水産省の手続き・補助金申請の共通プラットフォームの取組みは、農水省内の共通基盤であると同時に、経済産業省中小企業庁の法人認証基盤とも規格を統一できるようにしている。このような取り組みは、省庁横断的に機械判読性・統一性の高い質の良いデータを収集・活用する取組みとしても注目される。
・一方で、こうしたプラットフォームが導入される以前に集められた断片化した膨大な行政データに関して、Record Linkageと呼ばれる学問分野に期待できるかもしれない。これは機械学習等を使って共通IDのないデータをリンクさせる研究で、政策実験・EBPMのコストを大幅に下げる可能性を秘めている。
・政策研究・政策実験のクオリティを保つ上では、研究者と行政官の協働が必要不可欠だが、特に研究者と行政官では、仕事のスタイルや業績評価の構造が異なるゆえに、研究者の側に、政策当局に協力するインセンティブが無いことがままある。
・現在の研究者と行政の関わり方である審議会の仕組みは非常にジェネラルな意見をエビデンスに基づかずに言う場に留まっている。若手・中堅のトップクラスの研究者が参加するインセンティブが乏しく、行政としても専門知集約の場として機能不全な感が否めない。今後は、より個別の事業レベルの効果測定自体に、専門家を巻き込むことが求められよう。
・また、例えば教育政策分野など「数値で表せる成果(例:「学力テストの結果」)と、「理想とされる政策目標(例:「人間の完成」)」などが必ずしも一致しない。観測できる指標だけで、政策の効果測定をすることが難しい分野も存在する。
・こうしたケースでは、「協働」の初期段階から、研究者と行政官が緊密に話し合い、事業(共同研究)のデザインをしていくことが重要だ。具体的には、(1)研究効果を測る指標作成の際に、研究者と現場の理解がある担当者が共同で指標を作成すること、また(2)数値で測れる統計情報などに加えて、実地調査・インタビューなどで得られる数値化できない情報もかけあわせること、の2点を意識していかなければならない。
・様々な努力を尽くしても、「学問的な意義が高く、アカデミアの世界で評価される問い」と「政策実務の現場で重要な課題」にはギャップがあり、大学研究者が政策的なプロジェクトに関わる壁は依然高い。
・実務レベルの効果測定に協力してくれる大学研究者が見つからなければ、コンサルタントへの外部委託のほか、官民連携と人材育成の観点からは、大学が自治体職員向けに提供する社会人学生プログラム等を上手く活用することも良いアイデアかもしれない。
・また海外ではDissemination and Implementation Scienceという発想の下で、アカデミアが、研究成果を「実装」する働きかけを積極的に評価する取組みもなされつつある。長期的には、研究者の評価基準を巡っては日本でも同様の発想が求められるかもしれない。
・研究者と行政官の協働を考える上では、研究者倫理—academic independenceの問題に留意しなければならない。科研費・事業委託等で省庁から資金提供を受ける研究者は、常に一定の利益相反の中で、自分たちの研究結果に対して政府側から圧力を受ける、あるいはそのような印象を外部に与えることの難しさに直面する。
・例えば共同研究を開始する前に、研究実施から公開に至るまでの過程を「合意」し、文章に残すことが、重要である。共同研究の実施計画書であるpre-analysis planを通して、測るべき指標や分析方法、結果の公表の過程までを合意をすることで、結果の意図的な歪曲を防ぐことができる。
・またRCTなどで介入群・統制群の選択で一定の人々のあり方に差が生じうることは、政策実験を巡る倫理的な課題を惹起する。この問題に対処する上で、米国はじめ海外の各大学にはInstitutional Review Boards(IRB)があり、必ずレビューを通じた実験内容・経過への倫理面でのチェックがある。これは研究者が訴訟リスクを負わないよう、大学のバックアップを得るという意味でも重要だ。
・このようなIRBによる倫理審査は、例えば医学分野では、大戦中のナチスの人道実験や、戦後にアメリカ公衆衛生局での非倫理的実験があった過去の事件から、IRBのガイドラインがインフラとして整備されてきた。
・日本でも今後EBPMを倫理的に進めていく上では、医学研究分野のみならず、社会科学の分野でもこうした倫理的審査を巡る取組みを普及させなければならない。IRBを整備することで安心して研究者も行政と「協働」できるようになる。
・ここまでデータ・エビデンスの議論を続けてきたが、科学的証拠よりも個々の信念が重視され、情報氾濫の中で様々なfake newsが飛び交う、「ポスト真実(post-truth)の世界」で、データ・エビデンスの信頼性そのものを担保していけるのかも大きな論点だ。
・エビデンスに基づく政策案は、必ずしも常にそのまま実装・受容される訳ではない。世論の理解、更にはEBPMの価値を十分に理解してくれる訳ではないステークホルダーの協力を得るためには、「データ・エビデンス」と「ストーリー・ナラティブ」を上手く組み合わせていく戦術が求められる。
・そのためには、専門的な分析の結果などをわかりやすく伝える技術を持ち合わせた「サイエンスライター」のような人材と、それを育てていくエコシステムが必要だろう。アメリカの新聞社New York Timesには200人のPhDを持った専門家がいるという話だが、Data Visualizationなどの専門家ともチームを組み、高い研究リテラシーと、メディア・ジャーナリズムの手法を組合せていく体制を組むことで、発信より伝わりやすくなるはずだ。
・EBPM自体を進めるにあたって、例えば医療現場では医療従事者、教育現場では教育者などの理解がなければデータの収集や政策研究の実施が実現しない。そこで、EBPMの必要性を各分野・地域のニーズに合わせて伝える工夫もなければならない。また「EBPMのため」ではなく、政策現場での「マーケティング(需要把握)」と言うストーリーを通じ、現場の方々の協力を得るなどの工夫も必要となる。
(以上)
(執筆・編集:瀬戸崇志、森田恵美里、加納寛之)