今回より数回に分け、プロジェクトのキーワードや基本的な発想を掘り下げていく。まずは、「政策起業家とは何か(誰か)」という問いに向き合おう。前回は政策起業家を「業界・業態を超えた多彩な政策プロフェッショナル」と紹介したが、いわゆる「官僚」や「政治家」とは何が違うのか。海外の主要な学術研究の内容も噛み砕きつつ、見ていこう。
そもそも「政策起業家(policy entrepreneur) 」とは奇妙な響きをもつ言葉である。まずこの言葉は「政策(policy)」と「起業家(entrepreneur:企業家とも)」の二語で成り立つ。
「起業家」と聞くと、例えばシリコンバレーで活躍するITベンチャー・スタートアップの社長のイメージを想い浮かべるのではないか。大辞林の第3版によれば「起業家」とは「新しく事業を起こし、経営する者」とある。「経営」という言葉から、やはり「起業家」とはビジネス・民間市場の象徴だ。一般的には「公(public)」「政府(government)」を象徴する「政策(policy)」が結びつくのは、日本人として違和感を覚えるかもしれない。
そんな奇妙さを確認した上で、改めて「政策起業家(policy entrepreneur) 」とは何か。元々この概念はキングダン(John W. Kingdon)という米国の政治学者が1980年代に提唱し、その後の政治学(政策過程論)研究の一つのテーマとして各国に広まった。諸外国での研究の流れをかみ砕き、暫定的回答を示せば、「政策起業家」は次のように定義できる。
上の①~③の項目を紐解きながら、もう少し細かく政策起業家とは何かを見ていこう。下線の部分は、「起業家」という用語のポイントだ。
① 特定政策の実現・変革を目的に、自らの資源を投資
政策起業家は「ゼロからの特定政策の実現や、大小問わず既存の政策の変革を目指す―政策イノベーション(policy changeまたはpolicy innovation)を志向する人々」だ。この点が、「起業」というワードが使われる第一の理由となる。この視点は、「政策起業家」と「そうでない存在」を区別する基準として先行研究で重視される傾向がある。例えば政策既得権益の擁護のため存在する利益団体、前例踏襲・現状維持のため政策案件を右から左に流す一部の行政官などは、政策起業家にあたらないとされることも多い。
もう一つ、ビジネス界の起業家が、自ら事業の成功のために資金・時間、ときに人生自体を「投資」するのと同じように、政策起業家も政策の実現・変革により得られる様々なリターンのために資源を「投資」する。彼ら彼女らが政策の起業家と呼ばれる第2の所以はここにある。資源とは、金銭に限らず、その政策起業家自身の時間・エネルギー・社会的評価など様々なものを含んでいる。
②専門知識と多様な手法を駆使し、政策過程内のステークホルダーを動かす
新しい政策の実現や既存政策の変更は、どの国でも並大抵なことではない。キングダンを始め政策過程論でよく言及されるが、新政策実現や政策変更に向けては、①これまで課題と認識されてこなかった事象が政策課題(agenda)として扱われ、②課題への解として実現可能な政策案を用意され、③その政策案を社会実装することが、受け入れられる土壌が必要となる。③は、議員の間における政治的な受容可能性、政策の実施主体における技術的な受容可能性、更に、究極的には政策の受益者である国民の社会的な受容性などの様々な局面に分かれる。
政策起業家は、各々の持つ専門性・スキルに応じ、こうしたプロセスの一部または全てにかかわり、そのタイプも様々だ。ただ、特に卓越した政策起業家は「チーム形成とマネジメント」、そして「自らの所属組織や、部門・業界を超えてステークホルダーを動かす創意工夫」に長ける。政策起業家のスキルやテクニックに関する考察は、紙幅の関係で詳細は別稿に譲るが、分かり易いものとして、次のようなものがある。
つまり特定の社会問題や政策分野への問題意識や知識は、政策起業家の必要条件かもしれないが、十分条件ではない。「政策の専門知・アイデアを、社会実装する」実務能力に、卓越した政策起業家の本質はある。
③政策形成・実施の過程で関与・影響力を行使する、所属組織を問わず存在する個人
上記のような努力を経て、政策起業家は形成される政策に関与し影響力を与えたり、あるいは出来上がった政策の有効性を支えるために実施を助けたりする。
政策起業家の立場や職業、実は様々だ。例えば閣僚・政治家・官僚という政府内・公職の立場から、たとえるなら「イントレプレナー(intrapreneur)」的に政策起業をなす人々もいる。もちろん、「在野」からそうした試みにかかわるパターンもあり、この場合は民間シンクタンカーやコンサルタント、大学研究者、NGO/NPO職員、国際機関職員、PR会社社員、弁護士、ロビイスト、ジャーナリスト、変わり種では政策に詳しい医者やエンジニアといったパターンもある。いずれにせよ、政策起業家を巡る先行研究は、政策起業家は「所属組織を問わず、社会の遍くどこにでもいる」という前提を置いている。
ただ留意すべきは、政策起業家にも様々なタイプがあり、自らの背負う立場・所属業界などで「得手不得手」がある。
例えば官僚は既存政策・制度への知識や、法令・予算などの高い調整能力を持つが、立場上国民への積極的働きかけや、分野横断的・革新的政策のアイデア導出は難しいこともある。在野専門家は、各政策の理論・歴史・国際的動向、更には政策実施の最前線での課題に精通し、様々な政策アイデアを有し、国民への働きかけ等も国より自由度が高い。しかし法令・予算の作り方、政府の動かし方などは、なかなか外から見てわからないことも多い。
こうしたタイプの別や得手不得手があるからこそ、「チームの形成と業界・分野を超えたステークホルダーの糾合」が、卓越した政策起業家にとって重要な資質となる。2014年のハーバード・ビジネスレビューの論文は、公共(官)・民間・社会セクターの三者を行き来し、またはその知見や価値観のギャップを埋めることができる人物を「トライセクター・リーダー」と表現した。優れた政策起業家も、トライセクター・リーダーに似た特徴をしばしば有している。
今号では、「政策起業家とは何か(誰か)」を、理論・概念から整理した。「政策起業家」という理論・概念は、諸外国での研究に裏付けられたものであり、決してそれ自体新しくはない。
だが、昨今日本でも、兼業・副業を活用して非営利セクターで働く行政官、政府当局で実務をこなす大学研究者、企業の政策渉外担当など、特定の「組織」や「セクター」を超え、政策・社会課題解決に尽力する人々が注目を集めている。
21世紀の日本社会で、今まさにたち現れつつあるこうした新たなキャリアの姿を分析する―そのための「古くて、新しいレンズ」として、政策起業家というコンセプトは重要な意味を持っているだろう。
さて後編にあたる次回は、具体的な政策起業家の活躍を追いながら、卓越した政策起業家はいかなるスキルやキャリアパスを持っているのか、といった点を考察していく。
(API 21世紀日本の政策起業力プロジェクト事務局)