シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」では、日本社会で、政策にかかわるプロフェッショナル、「政策起業家」にお話しを伺いながら、令和日本の政策・社会課題の多様な解決と、政策人材のキャリアをとりまく課題と展望を読者の皆さんと一緒に考えていきます。
連載第2回は、藤井宏一郎 マカイラ株式会社代表取締役にお話を伺います。文部科学省から、外資系PR会社、Google執行役員兼公共政策部長などを経て、2014年に立ち上げたコンサルティング会社マカイラで「イノベーションのためのアドボカシー」に取り組まれ、日本でパブリックアフェアーズ(Public Affairs)概念を実践してきたパイオニアである藤井氏に、パブリックアフェアーズによる社会課題解決の意義・課題・展望、そして政策起業家としてのパブリックアフェアーズ人材のキャリアパスなどを包括的にお話頂きます。
多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授。テクノロジー産業や非営利セクターを中心とした公共戦略コミュニケーションの専門家として、地域内コミュニケーションから国際関係まで広くカバーする。 科学技術庁・文化庁・文部科学省にて国際政策を中心に従事した後、PR 会社フライシュマン・ヒラード・ジャパン株式会社にて企業や非営利団体のための政策提言・広報活動を行った。その後、Google 株式会社執行役員兼公共政策部長として同社の日本国内におけるインターネットをめぐる公共政策の提言・支援活動や東日本大震災の復興支援活動などを率いた。東京大学法学部卒、ノースウェスタン大学ケロッグ経営学院卒 MBA(マーケティング及び公共非営利組織運営専攻)。PHP総研コンサルティングフェロー。NPO法人情報通信政策フォーラム(ICPF)理事。日本 PR 協会認定 PR プランナー。
−−藤井様・マカイラが事業としているパブリックアフェアーズがどういう概念なのかという点をまず教えてください。
「企業や非営利団体がその戦略目的を達成するために、ルール形成や信用獲得を目指して公共・非営利セクター対して行う働きかけ」というのが一般的な考え方です。特定の企業や非営利団体の戦略目的が起点となる点がシンクタンクとは異なります。しかし結果的に出来るルールや合意は社会に広く適用されるので、企業等の戦略目的と社会的正当性を社会課題解決の視点ですり合わせながら政策を立ち上げていくという、実践的な政策起業活動になります。経営戦略論の言葉で言うなら、「非市場戦略」(モノやサービスが売買される「市場」ではなく、公共的・非営利的なプレイヤーとの関係構築を通じて事業目的を達成していくこと)の実践活動ともいえるでしょう。
−−具体例としてはどういったものがあり、なぜこの活動は重要なのでしょうか?
情報通信産業の例を取ると、私がかつて所属していたGoogleは、公共政策部という部門を持っています。それは、彼らが提供するサービスが、しばしば既存の各国の規制や、社会規範と衝突するという事態に直面するからです。当時の例ですが、今でこそ皆さんに馴染みのある「Google ストリートビュー」というサービスが日本で始まった頃です。庭先が広い米国とは異なり、日本の住宅は街道に面していることが多く、ストリートビューで撮影した写真がプライバシーの侵害となるのではないかということが争点となり、あわやサービス停止に追い込まれるのでは、との懸念が生じたことがあります。(ストリートビューについてはこちら )その局面で、Googleの公共政策部門は様々な日本社会のステークホルダーへの働きかけによる社会的信任の獲得―パブリックアフェアーズの取組みを通じて、日本社会で受容可能なソリューションを実現していきました。これは、伝統的な日本企業の法務や、メディア対応を軸としたPR部門のそれとも異なる技能を含む仕事です。
−−法務ともメディア対応のPRとも違う―そんなパブリックアフェアーズの仕事は、具体的にはどういった類型で整理できるのでしょうか。
マカイラでは「パブリックアフェアーズの3L」といって「ルール・ディール・アピール」というフレーズで表現しています。
「ルール」とは、国内の法・規制や、ISOなどの国際的スタンダートを形成・活用するために、様々なステークホルダーに働きかけていく仕事です。
この「ルール」をめぐる戦略にも幾つかのパターンがあります。まず製造業、B to B産業の世界では、例えばISO(国際標準化機構)などで国際基準を作り、その基準を各国の調達基準や安全性基準に結びつけて有利な事業環境を創出するなど、「基準+規制」型のルール形成がよく見られます。
一方で情報通信産業などの先端B to C産業は、既存の法例・規制が明確でない部分も多い領域です。そのため、事前に法令・規制でルールを固めるというよりも、むしろ「ルールがない、グレーな状態を引き伸ばせるか」という勝負になります。将来的にはある種のルールができるにしても、それまでの間に自分達の技術やサービスが社会の中で受容される素地をつくる。最終的には、政府の規制より先に、ビジネス側が作ったデファクト・ルールやアーキテクチャーが社会に受け入れられることもあります。この戦略は、いわば「(かっちりとした)ルールをつくらない」戦略です。
特にその場合「ルール(形成)」より、「ディール」や「アピール」という形での仕事がとても重要になってきます。ディールとは、例えば企業が個々のNPO/NGOとか地方自治体とMoU(覚署)を結び、CSR活動等を展開する中で、社会的な信任を得るものです。あるいは、特定の措置にコミットしたりサービスを一部修正したりすることで業界団体や規制当局と折り合いをつける。「手を組んだり、手打ちにしたり」です。「アピール」は、メディア戦略なども含めて世の中にいかにPRしていくか。よい面のアピールだけでなく、リスク対応の普及啓発やリテラシー向上も必要になる。こうした取組みを通じて、社会的信任・規範を国民の間で醸成し、技術やサービスが、社会的に受け要られていく素地をつくっていくことも、パブリックアフェアーズの仕事の大きな柱であると思います。
−−藤井様のこれまでのキャリアを振り返ったときの、パブリックアフェアーズとの出会いと、マカイラ設立に至った問題意識を教えてください。
産業構造や社会のあり方自体を変える様々なテクノロジーが社会に現れる中で、科学技術の社会実装をルール形成やコミュニケーションで支援したい、そうした先端技術を支える、ベンチャー・スタートアップのためのパブリックアフェアーズが出来る専門家集団が日本に必要との想いで、マカイラを立ち上げました。
科学技術と社会・文化の問題にかかわりたいと思い、法曹や国際公務員を目指した時期もありましたが、結果としてファーストキャリアは科学技術庁(以下:文科省)を選びました。
元々私自身は、国家権力側というより、むしろ在野のグローバルな視点から、様々な社会課題解決に取り組みたいタイプです。
ただ就職活動の中で色々なご縁があり、また若い頃に「一番難しい」仕事をやってみるのは、自分の将来の糧になると思い、文科省からUNESCOなど国際機関に出向することにも淡い期待を抱き、まずは文科省・科学技術行政の世界に飛び込みました。
−−なるほど。まずは行政官として文科省の中で科学技術政策に取り組まれていたと思いますが、その際にお感じになられたこととは?
入省して働く中で、科学技術政策の本質は、国民とのコミュニケーションのはずなのに、文科省の中には、そうした領域の専門家が殆どいないと感じました。法令制定や予算獲得の技能こそがキャリアの行政官として評価され、例えば「こんな素敵なWebサイトで国民にリーチできた!」といった、PR・コミュニケーションの専門家は、キャリア官僚としては評価されません。また数年のローテーションで人事も動くため、PRの専門家が育ち辛いと点があるのだと思います。
そうした問題意識から米国に留学し、政策マーケティング / 公共・非営利マーケティングの理論を学び、それをいかに政治・政策コミュニケーションに使うかを研究しました。その過程で改めてこの分野におけるPR産業の重要性に気付いたのが、大きな原体験としてあり、後の外資系PR会社フライシュマン・ヒラードに転職するきっかけにもなっています。
マカイラ設立につながる原体験という意味では、留学から戻った後にデジタルコンテンツ等の知的財産権を巡る条約の仕事に携わったことも大きかったです。
条約交渉の場面で、米国側は常に、先端産業を支えるロビイストがいて、USTR(米国通商代表部)とともにアメリカ商工会議所とアメリカ大使館とアメリカ企業が皆一丸となって日本に攻勢をかけてきます。一方で日本は、当時はインターネット産業自体も黎明期の状況で、民間から行政をバックアップする人々もいないし、役所の担当官一人で立ち向かうみたいな状況でした。そこで改めて「日本で、科学技術政策コミュニケーションをこなし、かつ外国とも戦える先端産業の広報の専門家やロビイストが必要だ」と思いました。 フライシュマン・ヒラードからGoogleに転職し、執行役員・公共政策部長として、日本版ストリートビューやカーナビ機能をはじめとした各種サービスの立ち上げ、東日本大震災の緊急対応・復興支援などにかかわるパブリックアフェアーズを経験しました。それを経て、次は第4次産業革命において日本でも自動運転技術など、人々の生命・生活に大きな影響を与え、産業構造や社会のあり方自体を変える様々なテクノロジーが社会に現れる中で、科学技術の社会実装をルール形成やコミュニケーションで支援したい、そうした先端技術を支える、ベンチャー・スタートアップのためのパブリックアフェアーズが出来る専門家集団が日本に必要との想いで、マカイラを立ち上げました。
−−マカイラは、コンサルティング・ファームとして、特に先端産業の方々をクライアントとしながら、パブリックアフェアーズに取り組まれています。そうしたプレイヤーと政策形成に関わっていくことの強みとはどこにあるのでしょうか?
最大の強みは、実際に産業界に影響を与えることで得られる社会的インパクトだと思います。
最大の強みは、実際に産業界に影響を与えることで得られる社会的インパクトだと思います。技術や資金を持つ営利企業が起点となる政策形成は産業構造の革新を後押しし、ときに数万・数十万という雇用を左右します。その影響力の大きさは、非営利団体の活動とは比べものにならない規模になることが多いです。社会の安定や豊かさは、最終的には経済成長なしには達成できません。勿論、NPO/NGOの現場での取り組みは社会的にとても重要かつ尊いことですし、企業が社会貢献的にCSRに取り組むことも良いことであるとは思います。ただ、そうした活動の積み上げのみでは様々な課題に対応できないほど、社会構造は大きく変わりつつあります。人工知能を巡る大国間の競争や、「B to CからC to Cへ」と形容されるシェアリング・エコノミーの普及に至るまで、ダイナミックに世界の姿が変わりつつある中で、いかにその帰趨を左右する産業界を巻き込めるかは重要なポイントだと思います。
同時に、科学技術が産業・世界の在り方を大きく揺り動かしていく中で、安全安心の問題や産業転換による失業の問題など、様々な副作用・弊害も当然多く出てくるでしょう。そうした弊害が、科学技術の効用を打ち消してしまわないよう、マイナスのインパクトを最小化するためのルール形成や対策措置の合意形成・普及啓発を同時に進める―「テクノロジーのソフトランディング」が、マカイラのパブリックアフェアーズのミッションです。そのための取組みの最前線の一つとして産業界への働きかけがあり、そういった点でも営利企業をクライアントとすることの意義は見出せると思います。
ありがとうございました。近日公開の中編では、職業政策起業家としての、パブリックアフェアーズ人材(市場)の展望と課題を伺います。
(聞き手・編集:瀬戸崇志)