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パク・サンヒ、ジョエル・バレット「児童虐待防止のための『エリン法』が34州で迅速に採択されたことは、一個人が政策を決定する力を示す」

作成者: PEPPEP|2024/7/10 (水)
PEP では、政策起業に関連した英語記事を翻訳して発信する翻訳コンテンツを定期的に発信しています。
今回は、非営利のオンラインメディアサイト The Conversation から、以下の記事をお届けします。
翻訳元:Sanghee Park and Joel Vallett, Quick adoption in 34 states of Erin’s Law to prevent child abuse shows power of one individual to make policy, The Conversation, 2024/5/28

ニューヨーク州上院議会でエリン法について議論するエリン・メリン(中央)。上院議員デイビット・L・バレスキー(左)と上院議員ジェフリー・D・クライン(右)に挟まれている。2011年10月。写真クレジット:ニューヨーク州上院議会 (The New York State Senate)

 

政策決定は、政府が社会問題に対処する方法を決定するプロセスであり、政治情勢、社会経済的条件、文化的および歴史的背景など、さまざまな要因によって形作られます。

一部の要因は明白ですが、他の要因はそうでもありません。多くの場合、政策はアドボカシー活動家、一般市民、ロビイスト、議員などのグループが協力して作成します。

しかし、時には新しい政策を作る上で重要な役割を果たす個人が現れることもあります。

その一人がエリン・メリンです。彼女はシカゴ郊外出身の母親でソーシャルワーカーであり、子供の頃に虐待を受けた経験があります。成人期以降の彼女の努力により、学校での子供たちへの教育を通じて児童虐待を防止することを目指したエリン法 (Erin’s Law) と呼ばれる法律が最終的に38州で制定されました。

公共政策がどのように作られ、実施されるかを研究する学者として、私たちはこの新政策の採択によって提起された疑問に、この一人の女性のアドボカシー活動を踏まえて答えようとしました。なぜ一部の州はエリン法を採用し、他の州はそうしなかったのでしょうか?公共政策の研究者が「政策起業家」と呼ぶエリン・メリンのような個人に対して、州の立法機関はそれぞれどのように反応するのでしょうか?

既存の法律は事後対応的だった

エリン法では、幼稚園から8年生(訳注:日本の中学2年生に相当)までの生徒に対して、児童性的虐待と労働搾取を防止するための授業を行うことが主に義務付けられています。例えば、ニューヨーク州の法律もこれを今は義務付けています

アメリカ合衆国における児童虐待は、1962年に出版された「被虐待児症候群 (The Battered-Child Syndrome) 」によって大きな社会的関心を集めました。この本によって児童虐待に対する社会的認識は大いに高まり、リスクにさらされている子供たちを特定し保護する上でソーシャルワーカー、医師、教育関係者が果たす重要な役割に関心が集まりました。


イリノイ州議会での2022年6月7日のエリン・メリンの証言

しかし、エリン法が制定されるまで、問題に対処するための州レベルでの有意義な取り組みは限られていました。エリン法以前の立法対応は、発生後の児童虐待の報告義務に限られており、虐待の防止や発見にはほとんど役立っていませんでした。

エリン法は違いました。虐待が始まる前に教育によって防止することを目指しており、すでに発生した虐待に焦点を当てる事後対応的なアプローチではなく、予防的なアプローチでした。

政治学者のジョン・W・キングドンは、政府によってどのように政策が採用されるかを説明する中で、メリンのような政策起業家が、特定の政策課題の解決を推し進めたり、注目を集めたりする上で極めて重要な役割を果たすことを強調しました。キングドンは1984年に、政策起業家は「時間、エネルギー、評判、金銭などのリソースを投資して、将来の物質的、合目的的、連帯的利益の形で予想される利益を得るためにある立場を推進する唱道者」であると書いています

政策起業家は、新しいアイデアを導入し、メディアの注目を集め、立法者とのネットワークを構築し、立法者に必要な情報や視点を提供することで、新しい政策を作るきっかけとして機能します。政策起業家は初期段階で反対に直面しても努力を続けます。

エリンの道のり

2013年に出版された彼女の本「An Unimaginable Act」に詳述されているように、メリンは6歳の時に性的虐待を受け、10代まで続く虐待に苦しみました。この恐ろしい経験は、メリンがソーシャルワーカーになる後押しをしました。

ソーシャルワークの修士号を取得し、自身の経験についての複数の本を書き、何年もソーシャルワークに専念した後、メリンは全国的な立法を通じて広範で体系的な変化を求める必要性を感じました。

彼女はソーシャルワーカーの仕事を辞め、全米の州議会を巡り、政策変更を公に訴える活動を始めました。2011年から2018年にかけて、メリンは36州を訪れ、議会で合計111回のスピーチを行いました。

メリンが新しい政策制定の働きかけを試みた最初の州は、彼女の故郷であるイリノイ州でした。彼女は共和党の州上院議員ティム・ビビンズと協力しました。4カ月の徹底的な調査の後、二人はエリン法の初期草案を完成させました。

2010年11月、メリンはイリノイ州議会に招待され、法律の必要性について短い証言を行いました。彼女の証言は政策採用への道を開き、2011年2月14日、パット・クイン知事がエリン法に署名しエリン法は制定されました

通常、政策は州議会議員が定期的な会期で集まり、委員会で政策について議論する際に採用されます。議員のスタッフ、ロビイスト、選挙区民、しばしばこの三者全てから提供される大量の情報により、州議会議員の注意を引くことは一般市民にとって非常に難しいことです。しかし、メリンは説得力のあるストーリーと情熱を用いて議員の注意を引き、政策の検討を促すことができました。もちろん、ある程度運が良かったという事情もありました。

通常、メリンはまずエリン法を説明するメールを送って議員への働きかけを行い、その後に議員を訪問しました。これに続いて多くの場合、議員は立法委員会で証言するようメリンを招待していました。

これらの証言への招待はしかし、他の方法によっても起こっていました。

ミシガン州でのメリンの証言は、家族の結婚式での上院議員の補佐官との会話から生まれました。ニューヨーク州では、エリン法が議会で生き詰まっていたとき、女優ジュリアナ・マルグリーズによるマイク・ブルームバーグ市長への電話がきっかけとなり、メリンは州議会議員と面会する時間を得ました。私たちは、ブルームバーグ市長の支持によってメリンの政策が政治的に魅力的なものとなり、それが州議会議員の注意を引くのに役立ったと考えています。そしてペンシルベニア州では、ジェリー・サンダスキー事件(ペンシルベニア州立大学のアシスタントコーチ(訳注:大学フットボールチームのアシスタントコーチ)を長年務めていたジェリー・サンダスキーが児童の性的虐待で有罪判決を受けた事件)の影響で議会が強い衝撃を受けていた時期に彼女の証言が行われました。

メリンは道中で多くの障害に直面しましたが、彼女の粘り強さがエリン法の広範な採用に重要な役割を果たしました。2012年のグラマー誌「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれたことも、彼女の知名度と影響力をさらに高め、アドボカシー活動を続ける上での助けとなりました。

政策起業家は結果を出す

私たちの研究では、政策起業家が頻繁に訪れる州議会は、そのような人物の訪問が少ない、あるいは全くない州議会に比べて、新しい政策を採用する可能性が高く、またその採用時期も早いことが分かっています。

メリンの訪問、議員とのやり取り、スピーチは、議会や議員に新しい情報を提供するだけでなく、問題をより政治的に受け入れやすい形で再構築しました。メリンはエリン法を事後対応的なアプローチではなく、子どもたちを保護し、虐待を予防し、子どもたちに力を与えるアプローチとして提示しました。

政策起業家の影響力は、提唱している問題がどれだけ州の政治情勢に合致しているかにかかっています。メリンのアドボカシー活動は、保守的な州よりもリベラルな州において法案が可決される可能性をより高めていました。リベラルな州では、教育、保健、治安に多くの資金が費やされており、子どもの被害防止が政策の優先事項となっています。

政策起業家と議員の間に連携がある場合、両者は共生関係を築き、互いの目標達成を助け合います。政策起業家にとっては政策が採用され、議員にとっては人気が高まることで選挙での利益につながる可能性が生まれます。

政策起業家が立法機関での政策の採用を成功させるかどうかは、取り組む問題の性質に依存します。エリン法は、児童虐待の事件数、報告数、調査数が増加傾向にあり問題が深刻な州でより迅速に採用されました。

また、女性議員の多い州ほど速やかに採択されていました。女性議員は、子供や家庭のニーズ、家庭内暴力、社会福祉など、しばしば「女性の問題」と見なされるものを重視することが知られています。

エリン法がまだ制定されていない州では、メディアの関与、ロビイング活動、請願、証言などを含む立法の通過を目指す継続的な努力が、エリン・メリン自身や議員、児童保護団体によって主導されています。

この記事の翻訳にあたり、翻訳許可を本記事の著者から取得しています。
著者:
パク・サンヒ (Sanghee Park) 、インディアナ大学准教授
ジョエル・バレット (Joel Vallett) 、南ユタ大学アシスタント・プロフェッサー
翻訳:児玉( PEP インターン)
監修:野澤