個人間の所得格差についてはよく話題に上がりますが、実は企業間の格差はそれよりもはるかに大きいのです。2018年、米国では最も裕福な1%の個人が国の全所得の約20%を稼ぎました1。一方で、売上高で見た上位1%の米国企業は、2018年の全売上高の約80%を占めていました。経済は少数の「超大企業」と多数の中小企業で構成されています。そして、この格差は時間とともにさらに拡大しています2。この企業規模の大きな格差は、イノベーションや技術進歩にとって重要な要因なのでしょうか?大企業でのR&Dは中小企業のR&Dとは違う種類のものなのでしょうか?もしそうだとすれば、それはなぜでしょう?
企業規模とイノベーションの関連に関する実証的な学術文献は古く、少なくとも1960年代にさかのぼります3が、ここでそのすべてを詳細に論じる余裕はありません。代わりに、この記事では様々なアプローチを用いて、企業規模によってイノベーションに重要な違いがあることを示す研究に焦点を当てます。今後の記事4では、その理由についていくつかの説明を検討します。
本題に入る前に一点お断りしておきます。経済学者が企業規模について話す場合、通常は総売上高または(稀なケースでは)従業員数のことを指します。このように定義された企業規模は、多くの場合、企業の事業単位数(つまり、製品ラインの数)を不完全に代理するものとして使用されます。
企業の規模の大小とイノベーションに関する第一の重要な事実は、企業のR&D支出が売上高に比例して増加することです。言い換えれば、売上が2倍になると、R&Dに費やされる金額も2倍になります。これは必然的なことではありません。例えば、労働力5や資本6といった他の生産要素は、企業の売上高に比例して増加するわけではないことが示されています(労働力は比例以下の増加、資本は比例以上の増加)。
この比例関係は、少なくともある程度の規模を持ち、何らかのR&Dを行っている企業については、何度も示されてきました7。この点を説明するために、以下の図をご覧ください。これは、何らかのR&D活動を行っていると報告した上場企業の売上高とR&D支出の関係を示しています。データは Compustat(上場企業のデータベース)からのもので、各点は750の企業・年観測値を表しています。このグラフでは、年と詳細なセクター(SIC4)を統制しているため、抽出される変動は年内およびセクター内の企業間のものです8。両対数グラフでの傾きは1に驚くほど近く、これは典型的な上場企業では規模が10%増加すると、R&D支出も10%増加することを意味します。
企業のR&D支出と企業売上の関係(両対数グラフ) 備考:Compustatの米国上場企業データからアルノー・ディエーブルが作成。その年に何らかのR&D支出を行った企業のみを標本データとして使用。R&Dと売上高は米国労働省労働統計局の消費者物価指数を用いて実質化。
この発見は1960年代に初めて観察され、それ以来多くの研究で再現されています。以下の図は、Bound, Cummins, Griliches, Hall, Jaffeによる1982年の画期的な研究からのもので、著者らは2,600の製造業企業のパネルデータを用いて、1976年の対数売上高の関数として対数R&D支出をプロットしています。ここでも同様の比例関係を見ることができます。
企業のR&D支出と売上高の関係(両対数グラフ)。データはBound, Cummins, Griliches, Hall, Jaffe (1982) からのもの。
このようなR&Dと売上高の1対1の比例関係を見て、大小様々な規模の企業が存在していることは総合的なイノベーションの水準には影響を与えない、と結論付けたくなるかもしれません。結局のところ、R&Dが企業規模に比例して拡大するのであれば、売上高10億ドルの企業10社からなる経済は、売上高100億ドルの企業1社からなる経済と同じだけR&Dに支出するでしょう。しかし、これから見ていくように、この結論は誤りです。
企業が成長するにつれてR&Dドル当たりの発明の数が減少することを、様々なエビデンスが示しています。
まずは特許から始めましょう(特許以外のエビデンスについては後ほど触れます)。先に言及したBound, Cummins, Griliches, Hall, Jaffeによる1982年の研究は、より大規模なR&Dプログラムを持つ企業ほど、R&Dドル当たりの特許取得数が少ないことを発見しました。この結果は以下の図3左にまとめられています。企業の対数R&D支出の規模が大きくなるにつれて、R&Dドル当たりの特許数が指数関数的に減少することを示しています。この関係を探求したもっと新しく包括的な研究の中で、Akcigit & Kerr (2018) は米国の全企業を特許とマッチングさせたデータを使用し、従業員数を対数軸に載せたときに従業員1人当たりの特許数も指数関数的に減少することを示しています(図3右)。図に示された関係は非常に似ており、より大きな企業ほど生産単位(雇用またはR&Dへの支出)あたりの特許が少なくなることを示唆しています。
左:R&Dへの総支出に対しての一ドルあたりの特許数(x軸は対数)。 Bound, Cummins, Griliches, Hall & Jaffe (1982) より。
右:総従業員数に対しての従業員一人当たりの特許数(x軸は対数)。 Akcigit & Kerr (2018) より。
しかし、特許は発明と同義ではありません。例えば、企業が成長するにつれてR&Dドル当たりの発明数も同じくらい増加するが、特許を使って自社の成果を保護する可能性が低くなる、という可能性もあります。しかし実際には、真実はその逆です。Mezzanotti and Simcoe (2022) は、2008年から2015年にかけて米国国勢調査局と米国国立科学財団が実施したビジネスR&Dイノベーション調査について報告しています。この調査では、米国を代表する標本(訳注:米国企業という母集団の特性を反映するような標本 (sample) となるよう統計的処理を行っているということ)から4万社以上の米国企業に知的財産の使用について質問がされました。著者らは、企業規模が大きいほど特許を重要と評価する可能性が高いことを発見しました。例えば、年間売上高10億ドル以上の企業の69%が特許をやや重要または非常に重要と評価しているのに対し、年間売上高1000万ドル未満の企業で同じ回答をした企業の割合はわずか24%に過ぎません。この関係は、同じ産業部門に属する企業の同じ年の回答データで場合にも成り立ちます。言い換えれば、選択の影響を受ける特許とは異なり、選択の影響を受けない完璧なイノベーションの指標があれば、企業規模とR&Dドル当たりまたは従業員当たりの特許数との間にさらに強い負の関係が見られるでしょう。小規模企業は大企業よりも特許を出願する可能性が低いにもかかわらず、従業員当たりまたはR&Dドル当たりの特許数が多いのです。
イノベーションに関する他の実証研究では、イノベーションのアウトプットについての異なる指標を用いて、同様の結論に達しています。金融サービス業に関する独創的な2006年の研究で、Josh Lernerはウォール・ストリート・ジャーナルの記事を使用して、金融機関が導入した新製品やサービスを特定しています。例えば、新しい証券やオンラインバンキングプラットフォームの最初の導入についてウォール・ストリート・ジャーナルで記事が書かれた場合、Lernerはそれをイノベーションとしてカウントし、Compustatデータベースの銀行に帰属させています。特許データを使用した論文と同様に、彼はイノベーション集約度が企業規模に対して比例以下の関係にあることを発見しています。(なお、Lernerは研究対象業界の性質上、ここでは対数売上高ではなく対数資産を規模の指標としています。)
イノベーション導入の事例を他の場所で探すこともできます。1982年、米国中小企業庁は100の技術、工学、貿易ジャーナルにおける新しい製品、プロセス、サービスのデータベースを作成し、これらの発明を企業情報と共に記録しました。このデータを使用した1987年の論文で、Acs & Audretschも大企業は小企業よりも従業員当たりのイノベーション数が少なく、売上ドル当たりのイノベーション数も少ないことを発見しています。(ただし、彼らはこれが普遍的な傾向ではないことを強調しています。一部の業界では、大企業の方が小企業よりもドル当たりのイノベーション数が増えていました。ただし、これは例外的なものです。)
最後に、Argente et al. (2023) は2006年から2015年にかけての消費財セクターの製品スキャナーデータを使用して、食料品店、ドラッグストア、総合商品店の大規模サンプルで販売されたすべての製品の詳細(その製品を販売している企業を含む)を取得しています。ここでは、新製品の導入をイノベーションとしています。以下の図が示すように、大企業は一貫して、既に販売している製品数に対して新製品の導入数が少ないことがわかります(下図の灰色の線)。
Argente et al. (2023) より。
もちろん、すべての新製品が同じように革新的というわけではありません。この問題に対処するため、Argenteらは各製品の属性に関するデータを使用しています。各製品の価格と売上が分かっているため、消費者が異なる製品属性に置く金銭的価値を統計モデルによって推定することができます。そして、新しい属性を含む製品の導入をその「品質によって調整」することができます。ここで、属性はより高い価格(または売上)と関連している場合ほどより重視されます。この洗練されたアプローチでも同じ結果が得られました。品質調整を行っても、大企業は小企業よりも(規模に対して)革新的ではないことがわかります。
(ちなみに、Argenteらはテキスト類似性アルゴリズムを使用して企業の特許と民生品を関連付け、大企業ほど民生品一つ当たりの特許数が多い傾向があることを発見しています。これは、企業が成長するにつれて生産単位当たりの特許数が減少するという事実が、単に特許への依存度が低下しているだけでなく、発明の減少を反映している可能性が高いことを示すさらなる証拠です。)
最後に、大企業や既存企業が実際に世に現れる製品やサービスにつながるイノベーションを行う場合、それは新しいものを作り出すよりも既存の製品を改良することに向けられる傾向にあります。いくつかのエビデンスがこのことを示しています。
まず、Akcigit & Kerr(2018)は別の企業調査に基づき、企業が既存の収益を持たないビジネス領域に行う R&D の割合と企業規模との間に強い負の連関があることを見出しています。企業はその規模が大きくなるほど、既存の製品の改良に努める傾向があります。
特許に関するエビデンスも、大企業がより漸進的なイノベーションに従事していることを示しています。例えばAkcigit and Kerr(2018)は、大企業ほど自社の特許を引用する可能性が高いことも発見しています。これは、大企業は以前に踏み込んだことがある知的領域を踏襲することを示しています。例えば、1995年に1件の特許を出願した企業の間では、その特許の中でなされた直近の特許の引用の9%が自社の特許に向けられていました。2〜5件の特許を出願した企業では、その割合は17%に上昇します。1995年に100件以上の特許を出願した企業では、直近の特許の引用のほぼ3分の1が自社の特許のものでした!大企業は自社の特許が引用可能な全資料のより大きな割合を占めるというシンプルな理由から自社の特許をより頻繁に引用する傾向がありますが、Akcigit and Kerrはこの効果が結果を説明するほど十分には大きくないことを示しています。
知識の流れを示すものとして特許引用に過度に依存することには注意が必要ですが(ただし、この分析が2000年以前のデータに基づいていることは、この結果に確信を持ってよい一つの理由になると思います)、Argente et al.(2023)は異なるアプローチを用いて、少なくとも消費財セクターについては同様の結果を得ています。著者らは企業が自社の特許をどの程度引用するかを見るのではなく、特許のテキストが企業の以前の特許のテキストにどの程度類似しているかを調べています。企業の特許が以前の特許と同じ用語を多く使用している場合、それはそのイノベーションが急進的ではなくより漸進的であることを示すもう一つのシグナルです。この指標によると、大企業ほど新規性のある特許を持つ可能性が低いことがわかります。
最後に、Argenteらの実際に販売されている製品に関するデータを使用して、特許よりも実際のマーケットに近い分析を行うこともできます。この記事の前半で示した企業規模に対する新製品導入率をプロットした図を再度見てみると、大企業がより漸進的なイノベーションを導入していることを示すさらなる証拠が見られます。最小規模の企業から最大規模の企業にかけて新製品の導入率が約50%低下するのに対し、品質調整済みの新製品の導入率は80%以上低下しており、大企業の新製品が新しい価値ある製品属性を導入する可能性が低いことを示しています。
これらを総合すると、私たちはある種の難問に直面します。大企業はR&Dドル当たりのイノベーションが少なく、そのイノベーションはより漸進的で影響力が小さい傾向にあるようです。これは必ずしも問題ではありませんし、この記述的な相関データに基づいて結論を急ぐべきではありません。それでも、これら3つの事実を合わせると、以下の難問が生じます。R&Dの生産性が明らかに低下しているにもかかわらず、なぜ大企業は小規模企業と同じ割合でR&Dに投資し続けるのでしょうか?
この現象の解釈の仕方として多くのものが提案されています。一つの解釈のパターンは、大企業(であると同時に市場での立ち位置が確立されている傾向にもある企業)が直面するインセンティブが小規模企業とは異なるということを軸にするものです。この解釈については、「大企業は異なるインセンティブを持つ」という記事で検討します。もう一つの解釈のパターンは、大企業は小規模企業と比較して、発明や商業化の能力が異なると主張するものです。このような解釈については、続く記事で検討する予定です。
1: 所得は税引前のもの。時系列データは https://wid.world/country/usa/ で入手可能です。
2: Kwon, Ma & Zimmerman (2023)を参照。
3: 包括的なレビューについては Cohen (2010) part2.1. を参照。
4: そのうちの一つはこちらで公開中です。今後さらにお届けします!
5: Paul and Isaka (2019) figure 2Aを参照。
6: Autor et al. (2020), section IV.B を参照。
7: 包括的なレビューについては Cohen (2010) part 2.1. を参照。
8: ここで、産業別に統制を行うことが重要です。というのも、産業によって典型的な企業規模とR&Dの水準が異なるからです。