気鋭の経産官僚 須賀千鶴氏が語る、第四次産業革命時代の霞が関の未来(前編)
シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第6回
シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」では、日本社会で、政策にかかわるプロフェッショナル、「政策起業家」にお話しを伺いながら、令和日本の政策・社会課題解決と、政策人材のキャリアをとりまく課題と展望を読者の皆さんと一緒に考えていきます。
連載第6回目となる今回は、須賀千鶴 世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センター長にお話を伺います。須賀様は経済産業省に入省し、様々な部署を経験されたのちに、経済産業省大臣官房政策審議室で経済産業省次官・若手プロジェクトを取りまとめ、2017年に発表した『不安な個人、立ちすくむ国家 モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか』は大きな話題を呼びました。行政官の立場から霞が関の今後を問い続けてこられた須賀様に、第四次産業革命時代日本の政策形成の在り方や行政官のキャリアパスについてお話しいただきます。
プロフィール
須賀千鶴 世界経済フォーラム 第四次産業革命日本センター長
2003年東京大学法学部卒業、経済産業省入省。商務情報政策局メディア・コンテンツ課、経済産業政策局産業資金課・新規産業室・企業会計室、商務・サービスグループ政策企画委員を経て、現職。2009年ペンシルバニア大学ウォートン校で医療経営学を学び、経営学修士号(MBA)を取得。2015年、経済産業省大臣官房政策審議室では経済産業省次官・若手プロジェクトを取りまとめ、2017年に『不安な個人、立ちすくむ国家 モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか』を発表し大きな話題を呼んだ。2018年から現職として、第四次産業革命に向けた官民連携・ガバナンスギャップ克服の最前線に立つ。
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世界の「仕掛け人」になれる魅力:行政官としてのキャリアと仕事のやりがい
--須賀様は現職に至る前、経済産業省の行政官であられました。昨今霞が関については様々な報道はありますが、霞が関で行政官として働いてきて感じた魅力を教えて下さい。
私自身も、学生時代は周りに行政官が居なかった類の人で本当に行政官が何をやっているかは入省するまでわかりませんでした。多くの人からブラックな職場といわれたり外部から心無い批判を受けたりすることもあります。
ただやはり行政官は「楽しい」ですよ。労働環境は決して良くはないのに、皆が進んで「やりがい搾取」される不思議な魅力がある(笑)。私が最初にそれを感じた強烈な原体験は、若い頃資源エネルギー庁で、気候変動交渉に取り組んだ時にあります。当時イギリスが議長国のG8で、私はそこで気候変動の合意文書の草稿作成を担当しました。自分達の書いたG8サミットのコミュニケ案が、意思決定のプロセスを駆け上り、国際合意に辿りつく一連のプロセスを体験し、更に成果が数多く報道され世の中に影響を与えると痛感しました。
皆さんが日々の生活の中で目に触れる出来事の裏には、必ず「仕掛け人」のような存在が居ますが、自分達がその一員になる魅力というのでしょうか。
政策形成に関わるプレイヤーは、かつてと比べ多様化していて、国家・行政官だけが公的なものを担う時代では既にないでしょう。その一方、社会の変化が急激に起こりかつ複雑性が増す今の時代にこそ、国家の正しい意思決定も極めて重要です。様々なプレイヤーを俯瞰し、政府という権限と責任を持つ組織の中で、様々な法令や予算も含めた広い意味のルール・制度設計で世の中を良くする「仕掛け人」としての、国家公務員の役割は失われていません。社会問題に飲み屋で愚痴を言う存在でも、単なる傍観者でもなく、「やるか、やらないか」の国家の舵取りの中心的一員たれることは、行政官の大きなやりがいです。
汝は運転席に座りたる人間たるや?:経済産業省次官・若手プロジェクトの問題意識
--須賀様は2016年に話題となり、書籍化もされた経済産業省次官・若手プロジェクトの取りまとめ役でした。「国家と行政官の役割」の点で、あのプロジェクトの問題意識はどこにあったのでしょうか?
霞が関の中に留まらず、外部の人-あらゆる人が、自分達がより良い政策・ルール形成をする上での知恵・力をアップデートしてくれるなら、草の根を掻き分けても意見を聞きに行き勉強し、政策のプロフェッショナルたる実力を高めなければいけないというのが、当事者としての想いです。
先ほどお話した通り国家公務員は、一定の権限と責任の下で、国民の皆さんに選ばれた政治家と共に国家の舵取りを担う「運転席」に座る一員を担います。その運転席に座るに値するプロフェッショナルに、自らがなり得ているだろうか―その点を虚心坦懐に考えたい点があったのだと思います。
「運転席―特定の政策分野を一定期間任されるポスト―に座ったのだから、俺は俺の好きなようにドライブするんだ!」という人って、これまで霞が関の中でとても多かったんですよ。確かに一定の権限と責任を持つ課長とか総括課長補佐みたいなポストに就くと、原理的にそれに近いことが出来てしまった。
ただ今後世の中の不確実性がどんどん増し、先達が辿ってきた安全な道―模倣すべき政策や、設計すべきルール・制度の定石―も見えなくなる。自分達は政府の中で権限と責任を与えられてドライビングシートに座っているけど、本当に正しい政策判断が節目で出来るだろうか―その恐れがプロジェクトの原動力でした。霞が関の中に留まらず、外部の人-あらゆる人が、自分達がより良い政策・ルール形成をする上での知恵・力をアップデートしてくれるなら、草の根を掻き分けても意見を聞きに行き勉強し、政策のプロフェッショナルたる実力を高めなければいけないというのが、当事者としての想いですね。
霞が関は開かれるか?:第四次産業革命時代の政策、オープン・イノベーションの課題と展望
--今般、霞が関を中心とした政策・ルール形成の制度疲労・限界、多様なステークホルダーによる政策形成への関与の価値が語られます。この点につき須賀様として思うところはおありでしょうか。
後でお話しますが、私が現職の世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターで向き合う「第四次産業革命」という現象は、その必要性が顕著な分野だと思います。実際にセンター自身が、経済産業省・世界経済フォーラム・一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブという国・国際組織・民間シンクタンクの三者のジョイント・ベンチャーの形で、構造的にこの分野での政策・ルール形成のオープン・イノベーションを促す仕組みとして構築された側面があります。
--第四次産業革命と、オープン・イノベーション型の政策形成の必要性の関係性について、もう少し詳しく教えてください。
第四次産業革命時代のイメージには様々な議論がありますが、例えばビックデータの活用に伴うデータ駆動型(data-driven)のビジネス環境の登場で、様々な業種・分野での革新や業界再編が同時多発的に起こる。金融分野でのFintechやモビリティ分野のMaaSもそうですが、多くの場合業界の最先端では何が起きているか、振興でも規制でも政策的打ち手として何が筋良・筋悪か、従来の霞が関の軸で判断しきれず、実際に霞が関の有する政策ツールでは対応しきれないケースもあります。
その点が最も顕著なのが、いわゆるC to C型のシェアリング・エコノミーとプラットフォーム・ビジネスの二つの同時台頭の問題です。今まで我が国の消費者との商取引の想定はB to C、つまり売り手・事業者(B)が圧倒的に消費者に対して強い立場であるから、その業者の立場から消費者を保護するために、各省毎の「業法」というスキームで規制をかけていた訳です。旅館業法とか道路運送法とか、この類型の法律が、約200本程度、霞が関の各省の所掌毎に散らばって存在しています。
他方で、例えばフリマアプリのメルカリってありますよね。あれはメルカリというプラットフォームに、売り手の個人と買い手の個人それぞれ無数に参集し、それがマッチングして無数の取引が生じる。対等な個人間の商取引で、C to Cモデルとか言われたりします。Airbnbによる民泊や、Uberによるライドシェア等のビジネスもその類です。
あらゆる法令が基本的に時代毎の背景・理念を前提として作られるので、環境変化に応じ法体系のアップデートは本来必要だと思います。
こうした類のビジネスへの対応は、従来のB to Cの業法規制のように事業者側に強い規制を課すだけではダメなのです。対等な売り手と買い手、それぞれに一定の義務をかけないと機能しない。更に、個人間の取引のプラットフォームを提供しデータも収集できるプラットフォーム事業者に、様々な権力が集中する現象にも対処しなければいけない。
このビジネスエコシステムは、従来の霞が関の業法体系が想定した状況とは完全に乖離しています。あらゆる法令が基本的に時代毎の背景・理念を前提として作られるので、こうした環境変化に応じ法体系のアップデートは本来必要だと思います。ただ、各省で業法を所管する課室が、変化の速い技術や市場の動向を上手くキャッチし、あるべき法案をデザインできるか、が第一の課題となります。そして仮に気づいても、各役所が持つ様々な新法・改正法の優先順位の中で上位に持ち込めるかは難しい問題です。国会の議事日程等の政治的制約もあり、各省が年間に制定・改正できる法律は決して多くないからです。
法律の制定・改正という政策手段は強力ですが、様々な制約の中で速度が落ちる。だからこそ民間事業者の方々は、「法律だけに自分達の事業の根拠や後ろ盾を任せておくと、変化の速いテクノロジーとマーケットの動向に上手く対応できないから、よりアジャイルに制定できるルールを、自分達が国と共に責任をもって作っていこう」と声を上げています。
制度・ルールには法律だけでなく、標準化、ガイドライン、業界の自主規制など様々な類型があります。霞が関の行政官も、今後はそうした民間からの動きは受け止めながら、これまで以上に様々な制度・ルール設計の手段を組み合わせ、目下の社会課題に向き合わなければならないのでしょうね。
--その趨勢の中で、霞が関側もより積極的に政策形成プロセスを開放し、多様なプレイヤーを取り込んでの制度・ルール設計をしようという方向に向かっているのでしょうか?
その点は「YES」と言いたいですが、言いきれないのが難しい。私自身、霞が関の中を知り、同時に現在霞が関の「外」から、オープン・イノベーションを促進しています。その立場から言えば、「“現状では”、全体としては、霞が関からの政策形成のオープン・イノベーションは進んでいない」と思います。
オープン・イノベーションは外から「開いてください」といってもダメで、従来閉じた側が外部と協働・共創するニーズを切実に感じ、準備をしなければ上手くいかない。現状、霞が関が全体としてそのステータスにあるかというと、そうではない。つまり、徐々に変わりつつありますが、現状では民間の方やNPOの方など、多様なプレイヤーを受け入れ共に政策を作っていく体制は、本来望むべき水準には辿り着いてないとは思いますね。
私は政策形成の技法は、ある種「歌舞伎」に近いと思っています。やはり、霞が関という従来のプロセスの中枢の中で、脈々と受け継がれてきた伝統技能があります。役人人生を続けると「センスの良い政策、悪い政策」というのがよく分かるようになると言われますが、そういう暗黙知も含めた体系があり、それを体得している人で無ければ、既存の政策形成のプロセスで上手く立ち回ることや、官と民で一緒に併走することは難しい。
ただオープン・イノベーションという形で、従来のコミュニティとは異なるプレイヤーと併走・連携するとなると、この伝統技能・暗黙知を上手く言語化して、共有していかないといけません。その責任は、私は従来の伝統技能の継承者たる霞が関側にあると思っています。
―ありがとうございました。中編にあたる次回は、霞が関の「外」の視点、須賀様の現職の世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでの取り組みや官民ジョイント・ベンチャーで政策のオープン・イノベーションを進める魅力をお話頂きます。
(聞き手・編集:瀬戸崇志)
須賀センター長には2019年9月9日に開催した『政策起業力シンポジウム2019』での全体パネルディスカッション 『令和時代の政策起業-政・官・民/社・学の多様なステークホルダーで考える-』にご登壇いただきました。パネルディスカッションの詳細と動画についてはこちらをご覧ください。