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PEPジャーナリズム大賞2022 受賞者は何を語ったのか

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2022年7月15日、第2回PEPジャーナリズム大賞授賞式を開催しましたのでご報告します。①検証②課題発見③オピニオンの各部門賞、またその中から大賞、ほか特別賞の受賞者ら計5組を表彰いたしました。


受賞者の方々にはそれぞれ10分程のスピーチをしていただき、受賞作の解説や作品に込めた思い、そしてより大きな視点からジャーナリズムの使命についてお話しいただきました。今回は頂いたスピーチの一部をご紹介したいと思います。

PEPジャーナリズム大賞の概要については、こちらの記事をご参照ください。また、授賞式の様子はこちらからご覧いただけます。

大賞/課題発見部門

課題発見部門では、市民・地域の課題や、光の当たりにくい社会課題などを取り上げ、政治や行政、世論にインパクトを与えた(あるいは将来的に与えうる)報道を表彰します。今回は大賞とダブル受賞されました。

【受賞作品】「シリーズ 公害『PFOA』」 
【受賞者】 中川七海(Tokyo Investigative Newsroom Tansa)
【受賞コメント】  受賞スピーチ動画

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※撮影時のみマスクを外しています

中川氏は、大阪・摂津市では「ダイキン城下町」が形成されているという認識を示した上で、スピーチの冒頭において、取材に応じてくれた方々への感謝の気持ちを述べました。

取材時も近所の目をはばかり、口を開いてくれない方もいましたが、将来の子供たちのためと取材を受ける方々も増えていきました。その方々の証言なしではこのシリーズは報道できていません。勇気を持って声を上げてくださった方々にお礼したいです

中川氏授賞スピーチより

新聞も読まない学生だったという中川氏。記者になった経緯をこう語ります。

社会起業家のグローバルネットワークで活動している中で、日本のジャーナリズムは本当にあるのかと疑問に思いました。ジャーナリズムを学ぶために留学に行くことに決めましたが、いよいよ渡米というときにTansa編集長に出会い、調査報道の話を伺いました

中川氏授賞スピーチより

このような出会いにより、「座学で学ぶより実践して犠牲者を救うジャーナリズムができるのでは」と直感的に思い、留学を辞退して記者になることを選びました。

こうして記者となった現在、ジャーナリストとしての思いを語りました。

マスコミはダメ、日本にはジャーナリズムがない、Twitterの方が強いなどと言われている。確かにそのような面もあるかもしれませんが、ジャーナリストはプロの技術を持って自由に動いて、犠牲者のために動ける楽しい仕事だと感じています。

しょうがないといってこぼれていく人たちの声を掬い上げて光を当てるのが私たちができる唯一の仕事だと思います。それは年齢や組織は関係なく、ファクトをとって最後まで報じる、そういう人なら誰でもできます。

中川氏授賞スピーチより

最後に中川氏は、「社会を良くしたい、理不尽なことを許せないという若者は、私の例も参考にして飛び込んできて欲しい」と述べ、今後もジャーナリストの魅力を伝え、やるからには社会的インパクトを残し、より良い社会にしていきたいと表明しました。

検証部門

検証部門では、現代政治・経済・社会・先端技術等の重要課題に対処する政策決定過程について、検証・調査した報道を表彰します。

【受賞作品】「オシント新時代 荒れる情報の海」
※特に、ロシアと中国におけるサプライチェーンの動態を取材した、「隠れ株主「中国」を可視化せよ AI駆使し10次取引先までチェック」(12/31)および「ロシア政府系メディア、ヤフコメ改ざん転載か 専門家『工作の一環』」(1/1)の両記事 
【受賞者】 毎日新聞(松岡大地/木許はるみ、加藤明子、八田浩輔)
【受賞コメント】 受賞スピーチ動画

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※撮影時のみマスクを外しています

日々情報が溢れている現代において、「公開情報に基づくインテリジェンス」OSINTに着目した理由。それは、次のようなものだったそうです。

デジタル時代のOSINTは、国家のために情報機関だけで担うものではありません。ネットの膨大な情報から取捨選択し、インテリジェンスを抽出する力が個人レベルでも求められています。連載では、OSINTに広がる可能性やリスクなどの課題に迫ろうと心がけました

八田氏受賞スピーチより

連載を始めるに至った経緯は、オンライン上の公開情報を活用して調査報道を行う専門家ネットワーク「べリングキャット」に着目した連載執筆に遡ると言います。

べリングキャットは、捜査当局も掴んでいないスクープを次々と発表し、その殆どがオンライン上の公開情報の分析に基づいていました。なぜこんなことができるのか、自分でもやってみたいという思いを強く持ちました

八田氏受賞スピーチより

こうした思いのもと、べリングキャットの実践型講習に日本人記者として初めて参加し、そこでの体験に基づき執筆した連載記事を再構築し、現代のOSINTの新しい潮流に迫ったのが、受賞作品である「オシント新時代 荒れる情報の海」です。

連載のうち、今回表彰の対象となった作品については、以下のように説明しました。

隠れ株主「中国」に関する記事では、中国政府が国有企業を通して隠れ株主となる場合が増えていることに対し、サプライチェーンの川下まで可視化することで、事業の不確実性に対処するIT企業によるビジネスOSINTの取り組みを紹介しました。

ロシアの政府系メディアに関する記事では、ロシアの政府系メディアであるイノスミが日本サイトから翻訳・転載した記事やコメントを抽出し、無料の翻訳サービスを活用して原文と照合しました。すると、元の文章にはない不自然な文言が次々と見つかりました。そこで、元の文章にはない文言をリスト化し、社内外のロシア専門家に正確な翻訳と検証の協力を仰いで、記事化に繋げました

八田氏受賞スピーチより

最後に、国際環境の変化が複雑化する中で偽情報の検証に大きな役割を果たしているOSINTをめぐり、次のように強調しました。

日本でもOSINTを用いた核心的な調査報道が次々と生まれ、ジャーナリズムの進化に大きな可能性を秘めています。しかし、それは手段の一つにすぎません。ジャーナリズムにおいて、人に会い、現場に出て確認する重要性がこれまで以上に増しています。

八田氏受賞スピーチより

オピニオン部門

オピニオン部門では、時世に流されず確固たる視点で冷静・鋭い視点を提供した論考、論説、コラムを表彰します。

【受賞作品】 「まん延防止等重点措置延長に関する一連の報道」 (以下3記事)
「コロナ対策「証拠に基づく政策形成」の重要な論点」
「第6波対策に関する意見書(新型コロナウイルス感染症対策分科会(第14回)2022.3.11)」
「まん延防止等重点措置終了に関する意見」
【受賞者】 大竹文雄(大阪大学感染症総合教育研究拠点)
【受賞コメント】 受賞スピーチ動画

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※撮影時のみマスクを外しています

基本的対処方針分科会の構成員である大竹氏は、重点措置の適用について、政府および都道府県の両者が賛成している中で反対した理由は、大きく3つにまとめられるといいます。

  • 第6波以降、感染症の中心となるオミクロン株は重症化リスクがかなり小さく、私権制限を伴う措置を講ずる際に適用される法律の要件を満たさない可能性があるため。

  • 感染が拡大すると、人々が自発的に感染リスクの高い行為を控えるので、飲食店への営業時間規制などの追加的規制は効果が小さいため。

  • ワクチン接種の効果が期待できるため。

専門家がワンボイスとして政策提言をすることが、国民の行動変容を促すために重要であると考えられていた中で反対意見を公表するに至ったことに関して、大竹氏は以下のように述べました。

目に見える感染症の被害と、目に見えにくい感染対策の被害のどちらを重視するかは価値観に依存します。そのうえで、専門家内で意見が分かれていることを公表したほうが望ましいのではないかと判断し、反対意見を公表していきました。

大竹氏受賞スピーチより

また、今回の受賞が自身にとって意外だったと語り、以下のような思いを述べました。

専門家としての役割を、オンラインジャーナルやブログという形でそのまま伝えたことということです。これが、ジャーナリズムの対象になるというのに私は驚きました。確かに、時事的な事実や論評・意見を伝えるという意味では、ジャーナリズム活動ですが、専門家として委員会で発言した内容を一般向けに当事者が伝えるというのは、ジャーナリズムとしては異色だったと思います。

大竹氏受賞スピーチより

特別賞①

特別賞では、各部門に必ずしも当てはまらないものであっても、選考委員会が特に優れていると判断した報道を表彰します。

【受賞作品】 交通事故で息子が寝たきりに――介護を続ける親の苦悩と、「親なき後」への不安
【受賞者】 柳原三佳
【受賞コメント】 受賞スピーチ動画

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※撮影時のみマスクを外しています

「一件一件バラバラに起こり、被害者や遺族は孤独に声を上げられず、苦しんでおられる。そのような交通事故はまさに、日の当たらない社会課題である」と述べる柳原氏。

柳原氏受賞スピーチより

なぜ交通事故についての取材を続けているかについて、オートバイや車が趣味であるというご自身の経験をもとに語られました。

ツーリング仲間の友人を2週間の間に2人亡くすという辛い経験をした時に、交通事故というのはこうも簡単に処理されてしまうのか、と思いました。そして、楽しい乗り物の側面にこんなに辛いことがある、ということを伝えていきたいと思ったことが、交通事故についての取材を始めるきっかけになったのだと思います。

ベタ記事で報道される交通事故について、事故の瞬間から家族や被害者に降りかかる苦しみを掘り下げる記事を書き始めたら、それ以降エンドレス状態で遺族の方々から裁判所類が届くようになりました。

柳原氏受賞スピーチより

子育てと主婦業を中心にしつつ、「許せない」と思ったことは徹底的に取材してきたという柳原氏。記事をきっかけにテレビ特集が組まれることもあったが、そこで疑問に感じることがあったと言います。

大手メディアで交通事故を取り上げるには、スポンサーの問題などいろいろな問題や様々な規制がある。こんなのはおかしいと思い、自分で追求したいと思いました。

柳原氏受賞スピーチより

しかし、追求していく中で立ちはだかる壁、すなわち、警察や損保会社、裁判所からの「個別事案にはお答えできません」という言葉に大きな怒りを覚えたと言います。

全ての事案は個別事案。その個別事案にはお答えできませんと言って蹴られていたら何にもならないし、それを深く追究することで初めて問題点があぶりだせるんじゃないか、という考えが常に私の中の怒りとしてありました。

柳原氏受賞スピーチより

そのうえで、PEPジャーナリズム大賞の趣旨に対する思いに言及しました。

PEPジャーナリズム大賞のサイトの1行目、『誰かがやってくれるのではなく、一人一人が公共を作る』。『一人一人』というところに私は嬉しい気持ちになりました。本当にそこが原点だと思います。個別事案を掘り下げないと制度は変わらないと思うんですね。

柳原氏受賞スピーチより

柳原氏は最後に、「今回の賞を励みに、これからも個別事案にこだわって取材を続けていこうと思っています。」と結びました。

特別賞②

【受賞作品】 不思議な裁判官人事
【受賞者】 木野龍逸氏(フロントラインプレス)
【受賞コメント】 受賞スピーチ動画

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※撮影時のみマスクを外しています

木野氏は、「不思議な裁判官人事」という主題は万人受けするものではなく、関心がもたれない分野であるとして、このようなテーマのもと執筆を進めるにあたっていかなる困難があったかについて、以下のように述べました。

前例もない中で、裁判官人事と判決との関係性をどのように評価したらいいのか、という点が難しく、最終的には自身の判断で評価していくしかないと思いました。

木野氏受賞スピーチより

また、取材を通して浮かび上がった問題点として、裁判官人事が不透明であること、判決の経緯が明らかでない場合があることを挙げました。

三権分立の一翼を担い、人を裁くという絶大な権限を持っている組織の内実が全くわからない状態にあるというのは、組織としては裁判所が最たるものだと思います。

日本において現役の裁判官が取材に応じることは中々ない。そのため、判決の経緯が当事者にも明確に示されない場合があり、納得することが出来ないままで判断が下されることは大きな問題であると思います。

木野氏受賞スピーチより

最後に、受賞作品を通して今後に対する希望を述べました。

不条理なことが浮かび上がったこの記事をきっかけに、研究者の方を含め皆さんに関心を持ってもらい、個々の裁判官に関してはもちろん、最高裁の裁判判事の国民審査などへ社会の関心が向けば嬉しく思います。

木野氏受賞スピーチより

ファイナリスト


受賞者コメントの概要および林香里選考委員長コメントはこちらからご覧ください。

一人一人が当事者意識を持ち、公共の事柄に参画する「政策起業力」の発揮に欠かせないジャーナリズム。PEPでは、社会に新たな風を吹き込む取り組みを応援し、これからも「私たち一人一人が公共を創る」社会を目指しています。

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