「Mr.復興」 藤沢烈氏が語る、変わる日本の社会課題と政策人材(前編)
シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」
シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」では、日本社会で、政策にかかわるプロフェッショナルー政策起業家-にお話しを伺いながら、令和日本の政策・社会課題解決と、政策人材のキャリアをとりまく課題と展望を読者の皆さんと一緒に考えていきます。
初回は、藤沢烈(ふじさわ れつ)一般社団法人RCF代表理事にお話を伺います。マッキンゼーや内閣官房震災ボランティア連携室、復興庁での勤務を経て、社会事業コーディネーター集団一般社団法人RCFを結成、非営利セクターの立場から、行政や企業と連携した東日本大震災の復興をはじめ、多岐に渡りご活躍されてきた藤沢氏に、被災地での社会課題の解決を通じ感じた新たな政策形成の姿や、日本の政策人材の課題と展望をお話頂きます。
プロフィール
藤沢烈 一般社団法人 RCF代表理事
特定非営利活動法人新公益連盟理事・事務局長
1975年生まれ。一橋大学卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。2年後独立し、NPO・社会事業に特化したコンサルティング会社を設立。2011年の東日本大震災後に、内閣官房震災ボランティア連携室勤務を経て、RCF復興支援チーム(現一般社団法人RCF)を設立。被災地自治体や地元住民、地元企業、NPOなどと提携して被災地復興支援事業を進める。また、総務省・復興庁などの諸委員会のメンバーを歴任し、復興支援や地方創生に関する提言にも携わる。近年は「社会の課題から未来の価値をつくり続ける社会」の実現に向け、地方創生や多様な社会課題にも取り組みを広げている。
震災復興の最前線で―新たな社会課題、変わる政策とのかかわり、進化するNPO
−−RCFは「社会事業コーディネーター」として、復興を中心に様々な社会課題の解決に尽力されています。まず、NPOが社会課題を解決する手法にはどのようなものがありますか?
「私たちが社会課題解決に携わる上でのアプローチには、「事業化」と「制度化」という2種類があります。「事業化」とは、企業との連携など、ビジネスの手法を駆使して社会課題解決に取り組むことです。「制度化」は政策・制度を駆使し、ときに自らそれをつくり上げて社会課題解決を行うことで、行政との連携が重要となります。」
−−「制度化」-政策・制度というのは、「行政」がつくるイメージがありました。復興の現場では、日本の政策とそこに携わる人々のあり方は、どのように変わっているのでしょうか?
NPOが、行政がこれまで取り組んでこなかった事業を展開し、成功モデルを示し、行政にそれが受け入れられ制度化される― NPOが政策形成を通じて社会課題の解決に大きく影響を与える時代になってきた
2011年の東日本大震災、そして復興のプロセスの中で、私は日本の政策形成の姿が大きく変わったと実感しています。東日本大震災では、行政による仮設住宅提供やインフラの再建などの「復旧」の問題を超えて、被災された方の生活の建て直しや現地産業基盤の回復など、「ソフト」も含めた「復興」が重要課題となりました。その一つに「コミュニティ支援」という政策課題があります。被災による住民避難で、それまで地域での生活を支えたソフトな「縁/つながり」が途絶えると、ハード面で住宅・インフラが復旧しても、本当の意味でかつての生活に戻れない。この問題に向き合うのが、コミュニティ支援の役割です。
コミュニティ支援は、震災後の今でこそ復興政策の大きな柱の一つですが、実は当時はまだ、行政が取り組むべき政策課題と認識されていませんでした。そんな中で、RCFは、スイスに本拠地を置くUBS証券株式会社と共に、岩手県釜石市の自治体をパートナーとして巻き込みながら、現地におけるコミュニティ支援事業に取り組みました。具体的にはRCF が釜石市に常駐の専門スタッフを配置した上で、UBS 社員ボランティアがマンパワーや専門性を提供し、地元の若手事業者の方たちと連携しながら、「釜石よいさ」夏祭りの復活、車いすやバギーでも登れる「避難道づくり」、地域住民の方への聴き取りを重ねた「共同体の記憶と記録を綴る震災本」の発行等、地域ニーズに即した支援を継続していきました。
この事業の成功モデルは、その後釜石市を超えて、岩手県の他自治体・東北全体の様々な自治体に横展開され、更には政府の復興政策の柱としてコミュニティ支援が重要視される一つのきっかけとなりました。
NPOが、行政がこれまで取り組んでこなかった事業を展開し、成功モデルを示し、行政にそれが受け入れられ制度化される― NPOが政策形成を通じて社会課題の解決に大きく影響を与える時代になってきたと、そうした可能性を復興支援の局面で感じましたね。この他にも、「企業間専門人材派遣支援モデル事業」といった復興庁との復興人材育成プロジェクトや、経済産業省との間で「フロンティア・ベンチャー・コミュニティ(FVC)事業」と呼ばれる、福島沿岸部12市町村での産業振興をやらせて頂きました。こうしたスキームも、私たちが復興の現場で掴んだ課題を政策サイドに届け、事業化・制度化していった成果の例の一つです。
−−「事業化」とありますが、企業も巻き込む意味とはどこにあるのでしょうか?
社会課題の解決に向けある程度の規模のプロジェクトを展開するにあたっては、行政に加えて、必ず企業の持っているノウハウが必要となります。 例えば復興ではないのですが、文京区と連携して行ったこども宅食という事業があります。生活の厳しいひとり親家庭などの自宅に、1-2か月に一度食品を無料で届け、それを切り口にこどもたちをソーシャルワークにつなげていく、こどもの貧困問題を解決するための新しいセーフティネットをつくる官民NPOが大規模に連携し展開するプロジェクトです。
この事業を実施した文京区というエリアの中で、私たちが支援を届けなければならない家庭が1000世帯以上もありました。そうした支援を大規模に展開するためには、行政や、我々のような非営利だけでは限界が出てきます。子ども宅食では、物流面で西濃運輸が持っているノウハウが、大規模な支援を展開する上で不可欠となりました。
この他にも、RCFは復興庁と共に被災地での各種産業支援を行っていますが、こうした取り組みの中で、クラウドファンディング/プライベート・ファイナンスを導入していく上で、民間の事業者の方々が持つノウハウが極めて重要となっています。
−−なるほど。その点も踏まえ、NPOとしてのRCFが社会課題の解決で有していた強みを教えてください。
東北被災地でのコミュニティ支援や文京区でのこども宅食事業を現場で経験した立場からすると、皆さんが想像される以上に、NPOは社会課題の解決にとって大きな役割を果たしていますし、同時にそこでは、NPOだからこその「強み」あると思います。
RCFの場合、まず何よりも「現場」に分け入り、政策・制度をつくる行政の方々が必ずしも持ち合わせない情報や課題解決のノウハウを提供できたことは大きかったです。
かつて私も復興庁の職員として働き、また現場でも地方自治体の方などともやり取りする中で感じましたが、行政の中の人たちも、当然社会課題を解決したいとの想いは共有している。ただ現場の最前線で何が起き、どこが課題なのか、という情報を必ずしも持ち合わせていないことがままあります。
例えば復興庁の場合、被災地への職員の出張旅費が簡単におりない。週末に自腹を切り、バスに乗って被災地に赴き勉強する官僚の方もいたくらいです。これでは、刻々と変わる被災地の課題の把握や、現地のステークホルダーとの緻密な調整は難しい。
私たちが「制度化」を通じて復興政策に影響を与え、復興を巡る課題解決で前進してこれたのも、やはり現場で事業を展開し、日々移りゆく課題や動静を認識できたからだと思います。
−−「現場」を持つことの他に、例えば営利企業にはないRCFならではの強みはありますか?
RCFが発揮してきたもうひとつのNPOとしての強みは、先にお話しした「制度化」と「事業化」の「双方を駆使」して社会課題の解決に取り組みうることだと思います。
RCFが発揮してきたもうひとつのNPOとしての強みは、先にお話しした「制度化」と「事業化」の「双方を駆使」して社会課題の解決に取り組みうることだと思います。それはNPOが行政とも企業ともフラットに連携し、だからこそ両者を巻き込んで場を作るポテンシャルを持つからです。
公益性・公平性を重視する行政の方からは、営利企業として利潤を追求する印象が世間的に強い企業の方よりも、NPOは付き合いやすい。かつてはNPOも「行政監視のための市民団体」とのイメージが強く、行政と距離感があった時代もありましたが、昨今は現場の情報やノウハウの強みもあり、行政の中から、NPOと連携したいとの声は大きくなっています。
一方の企業の側から見ても、似たような判断がはたらきます。昨今は事業を通じ、利潤に加え、社会課題の解決・社会的価値を追求したい営利企業は沢山あります。ただ、そうした事業を展開する上では、社会課題に対する明確な理解と事業展開に向けた最低限の基盤が整っていることが求められます。そのため、行政、特に基礎自治体とのネットワーク・連携の事実は、企業が社会的な取り組みに乗り出すうえで非常に重要な判断軸になります。
こども宅食の例でも、西濃運輸が事業に参画してくれた背景には文京区とRCFとの間の連携が大きく影響しました。また少し視点が変わりますが、2019年4月、西日本豪雨の被害を受けた愛媛県宇和島市の復興支援事業では、宇和島市は支援の受け入れに際し、Yahooやフィリップモリス・ジャパンとの連携を評価し、また各企業も、宇和島市とRCFの間のパートナーシップがあったからこそ、宇和島市での協働事業への参画を決めてくれました。
つまり行政と協働する際には企業とのネットワークが有効に働き、企業と連携するときは、行政との連携が有効に働いてくれます。困難かつ大規模な社会課題を解決する上では、事業化と制度化、企業・行政双方との協働・パートナーシップは必須です。NPOはこうした連携関係を築いていけることに大きな強みがあり、そして連携のための「場」をつくるコーディネーターとしての役割に、RCFは尽力しています。
−−社会課題の解決に向けて、「現場知」で課題を鋭敏にとらえつつ、「制度化」と「事業化」の両方を駆使して前進していけるのが、NPOの強みということでしょうか?
はい。もちろん、事業化と制度化の双方を追求していくのは簡単ではありません。現場のオペレーションを回しながら、制度化・政策化の取り組みを行うことは、組織としての体力が求められます。現在も復興や地方創生の現場では、数百を超える団体が日々最前線で頑張っていますが、制度化まで含めて十分に行えるNPOは決して多くはありません。
ただ「現場」に軸足を置き、生の情報や課題に触れる一方、行政にも企業にも縛られない中立的な立場から連携し、建設的な提言を行うポテンシャルを持つNPOは、制度化、政策提言と実現に向けた努力をもっと積極的に行えるようになるべきだと思います。
中編では、前編でのお話も踏まえ、社会課題の解決に貢献する政策人材キャリア、職業としての社会事業コーディネーターに求められるもの・やりがいについてお話頂きます。