論考

2020.02.27

特派員レポート(前編):EBPM 特別ワークショップ2020 with 今井耕介 ハーバード大教授

EBPM特別ワークショップについて

2020年1月7日(火)、ハーバード大学政治・統計学部教授の今井耕介 教授の来日に伴い、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)で、「EBPM 特別ワークショップ2020:今井耕介 ハーバード大学教授と議論する、日本における EBPM の未来像」(以下本WS)が開催されました。

本WSでは、単にEBPMの重要性を語るにとどまらず、研究者と現役の行政官・実務家との対話の中で、実際の政策現場での力学や関係者のインセンティブ設計、EBPMの構造的阻害要因や、日本・世界のEBPMにまつわる諸課題を明らかにしながら、EBPM を日本の政策現場に「実装」する現実的な方策を探るためのものです。

当日は、経済産業省、厚生労働省、農林水産省、財務省、総務省、国土交通省、文部科学省、環境省などの中央官庁の行政官ほか、地方自治体関係者、民間研究者・コンサルタントも含め、総じて40名程度が参加する白熱したディスカッションとなりました。アジア・パシフィック・イニシアティブ (AP Initiative)  21世紀日本の政策起業力プロジェクトは、本特別ワークショップのスペシャルパートナー(共催団体・事務局担当)として、当日のディスカッションの様子をまとめた「特派員レポート」を本Webサイトに掲載いたします。

なお本WSはいわゆるチャタムハウス・ルールを採用しており、本レポートについても、原則発言者等は全て匿名化の上で内容を掲載しています (個別同意を頂いた登壇者等を除く)。当日のいかなる発言も個人の見解であり、登壇者・参加者の所属組織を代表いたしません。

主催団体:世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター(C4IRJ)の概要はこちら

基調講演:今井耕介 ハーバード大学政治・統計学部教授

当日は、冒頭に本ワークショップの特別ゲストである今井耕介 ハーバード大学政治・統計学部教授から、「科学的証拠に基づく政策:米国の取組みから学ぶ」と題した基調講演がありました。議論のポイントは次の通りです。

職業としての統計学・データサイエンス人材—アメリカにおける問題意識—

・社会科学における統計学に興味を持ったのは、学部時代にミシガン大学に留学したときの事だった。社会科学と計量分析がセットになっている姿が興味深く、その後、政治学と統計学を専門にプリンストン大、そしてハーバード大で教鞭をとった。

・アメリカで統計学部を卒業した学生は、各分野でデータ専門家としてキャリアを歩むことが多い。例えばNBA(ナショナル・バスケットボール・ アソシエーション)のデータ分析部門や選挙機関のデータマーケティング部署に就職口があり、New York Timesにも「データジャーナリスト」というポストがある。法廷証拠としてもデータは採用されており、弁護士も統計学を勉強するのが当たり前になっている。それにもかかわらず、日本では未だ公共政策分野でも、科学的証拠が政策決定の手段として十分に定着していない印象を受ける。それは一体なぜなのか、という疑問を抱いている。

アメリカにおけるEBPMの歴史

・アメリカにおける証拠に基づく政策立案(EBPM)の根底には、「政策実験」という手法がある。この政策実験の先駆けとなったのは、1970年代に米国RAND研究所が実施した大規模健康保険の政策実験(以下RAND実験)であった。7700人を対象とした15年間にわたる無作為割り当て実験で、「医療費の本人負担の度合いが医療サービスの利用率・患者の健康状態に与える影響」を計測した。

・RAND実験の結果は、New York Timesなどの紙面で大々的に取り上げられ、国民的議論を巻き起こした。近年ではオバマケアの最高裁判決でも引用され、当初の実験のフォローアップ実験も実施されており、RAND実験の影響力は未だに根強い。

・このような政策実験では、政府機関と研究者のコラボレーションが欠かせない。日本と比べて、アメリカでは両者の協働の機会が非常に多いと感じる。例えば連邦政府レベルであれば、2015年に当時のオバマ大統領がOffice of Evaluation Sciences(政策評価科学局:OES)を設置し、これまで10以上の政府機関と連携し、70以上の政策実験が実施された。私もサバティカルでOESに出向中の学者や、インターンとして研究に携わる学生との交流があり、米国のEBPMにおけるOESの存在感は大きい。

政府・NGO・国際機関と「協働」するアカデミア:米国のケース

私(今井)自身も、アメリカの政府機関との共同研究は多い。それ以外にもメキシコ政府と国民健康保険に関する共同研究を手掛けたこともある。

・ときの政権の姿勢は共同研究において非常に重要だ。メキシコでは当時の大臣が、PhDホルダーの学者肌の方で、政策実験に積極であった。

・政府機関以外との連携では、国際NGOと一緒にアフガニスタンにおける職業訓練の実験の経験もある。更には国連が実施するジェノサイドに関するサーベイに対して、いかなる調査設計をすべきかの問い合わせ対応なども経験した。

・私自身の経験からもわかるように、アメリカのアカデミック・コミュニティは政府機関に限らず様々な実務を担う機関と近い存在にある。RANDやMathematicaなどの研究機関でもデータサイエンスの専門知識を備えた人材が活躍できる機会が数多くあり、学生インターン、ポスドク、客員フェローの交流・活用が盛んである。

・その一方で、日本における研究者と政府機関の交流は審議会などの場に限られており、粒度の低い、ないし具体性を欠いた話が多い印象を受ける。政府機関と大学が協力できる環境の整備が必要であり、私たち学者にはより細かい、汗のかける事業レベルの話を持ちかけて欲しいと思っている。

政府機関のデータ公開政策:EBPMの好循環を生み出すために

・EBPMの材料となる政策実験を可能にするのは政府機関のデータであり、政策実験の量・質を上げるのには機械判読性・統一性の高いデータへのアクセスが必要不可欠となる。

・アメリカではある種異常なレベルまで情報公開の文化が根付いており、29箇所あるデータセンターへ行けば一般非公開のデータへアクセスすることもできたり、国勢調査は80年間経過すれば名前付きで公開されたりする。

・こう言ったデータ公開インフラの整備のおかげで、例えばハーバード大のThe Opportunity Atlas(出生地による社会的流動性の違いを見ることのできるInteractive Tool)などの開発が可能になる。これは国勢調査と所得税申告データの紐付けを利用した研究プロジェクトで、さらに他の研究者にとってのツールともなっている。データを公開することで政策実験の数が増え、さらに外部検証が可能になり、政策研究のクオリティが上がる好循環が生まれる。

・一方、日本政府の公開データは機械判読性と統一性が低く、go.jp上のデータなどは研究に使いにくい。もちろんプライバシーの保護などは課題だが、政策研究の好循環を生み出し、EBPMを普及していくには、産学官のデータ共有は必要不可欠だ。

文理の壁を超えたデータサイエンス教育:人材育成の課題

・政策研究・EBPMの好循環を生み出すには、実際に政策の効果検証を行うデータサイエンス技術を持ち合わせた人材が欠かせない。日本には統計学部やコンピュータ・サイエンスの学部が少なく、学生が勉強し辛い環境だ。私自身もこの点に危機感を持ち、毎年夏に東京大学で統計学の特別講義を教えている。

・アメリカでは就職のニーズに沿って学生の間でデータサイエンスへの関心が高まっており、ハーバードでは過去15年間でデータサイエンス系の学生が200倍も増えた。昔は微積などの数学の授業が必須科目になるのが主流だったが、今では幅広い分野に直接応用の効くデータ分析を必須科目にするのが主流になっている。

・日本ではいまだに「文系学部に進学する生徒は数学が苦手」という風潮がある。日本人の潜在能力は高いのに、文理の壁でEBPMに貢献すべきデータサイエンス人材が育たない環境であることに問題意識を感じる。

むすび

日本でより多くのクオリティの高い政策実験が実施され、それが政策に繋がっていくためには、データサイエンス技術を持った人材の育成、研究に必要な政府機関・統計データの公開、そして政府機関と研究者の実務レベルでの共同研究のための環境整備が必要だと思うし、私自身にできることがあれば貢献していきたい。


後編では今井教授の基調講演を受けての、パネルディスカッション・参加者との間の白熱討論の様子をレポートいたします。

執筆・編集:瀬戸崇志、森田恵美里、加納寛之

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