論考

2019.06.28

政策起業業界地図−シンクタンクとは何か(前編)

アカデミアと政策現場の架け橋

はじめに

これまで、幾つかの論考を通じて、政策形成に関与する「政策起業家」という存在について論じてきた。政策起業家の立場や職業は様々であり、「業界」が存在する。例えば閣僚・政治家・官僚という政府内・公職の立場であることもあれば、「在野」からそうした試みにかかわるパターンもある。在野型の政策起業家の職種は、民間シンクタンカー、コンサルタント、大学研究者、NPO/NGO職員、国際機関職員、弁護士、ロビイスト、ジャーナリストなど様々であり、場合によっては医者やエンジニアが自らの専門分野における政策起業家になることすらある。

今回から複数回にわたり「政策起業業界地図」と題して、そうした政策起業家たちの「業界」を覗いてみたい。取り上げるのはシンクタンク、大学、コンサルティング・ファーム(以下コンサル)、NPOの4つである。これらの存在が政策立案においてどのような役割を果たしているか、そして政策起業にあたってどのような課題を抱えているのかについて分析を行う。今回はこの中からシンクタンクを特集する。

日本では、シンクタンクという存在に対して具体的なイメージを持ちにくいかもしれない。しかしながら、2019年参院選に際しての与党・自由民主党の選挙公約において政策シンクタンクの創設の支援が謳われるなど、今後日本に拡大する可能性がある。果してシンクタンクとはいかなる組織なのだろうか。

シンクタンクの架け橋的機能

先述の通り、日本でシンクタンクと聞いて具体的なイメージを浮かべる人は、そう多くはないだろう。一体シンクタンクとはどのような存在であるのか。どのような人々が集い、どのような活動をしているのか。以下、シンクタンク大国アメリカの事例を中心にシンクタンクについて分析していくが、その前に差し当たってシンクタンクとは「政策志向の研究と、それらを政策の社会実装を主な業務とする組織」と定義しておこう。

シンクタンクは普段どのような活動をしているのか。上記の定義に見られるように、シンクタンクには政策研究とその社会実装の2つの役割がある。政策研究とは文字通り政策に関する研究であり、論文、レポートや著作などの執筆が代表的なものであるが、場合によっては新聞・雑誌記事などによるものも含まれる。また、シンクタンカーは、学会へ出席したり、大学に出講して知見を講じるなどの活動も行う。

一方で、政策案を社会実装するために、シンクタンカーは政府や議会の委員会・審議会に専門家として出席し意見陳述を行ったり、専門家集団のみのシンポジウムや一般向けのイベントを開催したりする。場合によっては、最終的な政策決定者である政府要人たちとの会合や食事会をセッティングしたり、シンクタンカー自ら政府内にポストを得て政策立案に関与したりすることもある。

政策研究は大学教授の業務とよく似ているが、大きな違いは多様なチャンネルを利用した「売り込み活動」を行って政策の社会実装までこなす点である。とりわけ世論に訴えかけることで政策に対する理解を深め、政策実現のための推進力を養うのである。このように大学的な政策研究と政府の役割に近い政策の具体化の架け橋を担っている点がシンクタンクの特徴であると言えよう。海外のシンクタンクをして「政策研究のできる広告代理店」と称される所以でもある(塩野誠「米国のシンクタンクは、「権力者」だった 日本人は”研究所”の実態を知らない」『東洋経済オンライン』(2015年3月17日))。

シンクタンカーとは?―アメリカでの事例を参照して

それでは、政策研究と政策実装の両方を担うシンクタンクの職員・研究員―シンクタンカーとは一体どのような人々なのだろうか。以下、シンクタンクが発達しているアメリカを例として、シンクタンカーのキャリアパスを概観しながらシンクタンカーのキャリアについて考えてみたい。

彼らのキャリアパスは様々である。大学ないし大学院を出た後に就職し、職員・研究員としてキャリアをスタートさせるように、ファーストキャリアからシンクタンクを選ぶ人々もいるが、シンクタンカーの多くはセカンドキャリアとしてシンクタンクに入ってくる。研究者から転身してくる人々はもちろん、民間企業やNPO/NGOなど非営利組織を経由したシンクタンカーもいる。いずれにせよ、彼らはファーストキャリアで感じ取った社会的課題を背景にシンクタンクに入ってくるのだ。そしてシンクタンクで一定期間研究を行った後、政府高官としてのポストを得て、政策の社会実装に取り組むシンクタンカーもいる。

このように、シンクタンクは社会から政府への窓口となる役割を果たしているが、一方で政府からの窓口にもなりうる。政権交代に伴い政府を去った政府高官たちは再び政権交代が起こってワシントンに返り咲くまでの期間をシンクタンクで過ごす。そしてその期間、在野で最新の知識に触れつつ、再びワシントンにポストを得た時に備えて政策研究を行うのである(アメリカの大統領制とも関わるこれらの流動的人材制度についての詳細は後編にて触れたい)。

シンクタンクの存在意義

政策研究と政策の社会実装を繋ぐシンクタンクにとって、政策立案に関わる意義とはなんだろうか。これまで検討してきたように、シンクタンクは政策研究と政策の社会実装の2つの役割を担っている。大学教授には政策の社会実装的側面に弱い一方、行政官や政治家は社会実装的側面に特化しているが故に、政策研究上の弱点を抱えている。この点、政府関係者や政府機関の出入りなどによって政策の社会実装にまつわるノウハウを蓄積し、他方で政策研究を行うことで政策的知見の研鑽を積んでいるシンクタンカーは、他にはない比較優位を持っている。まさしくここに、シンクタンクが政策立案に関わる大きな意義が見出せるのである。

(API 21世紀日本の政策起業力プロジェクト事務局)

参考文献

  • 網谷龍介・成廣孝・伊藤武編『ヨーロッパのデモクラシー〔第2版〕』ナカニシヤ出版、2014年。
  • アレックス・アベラ/牧野洋訳『ランド 世界を支配した研究所』文芸春秋、2011年。
  • 塩野誠「米国のシンクタンクは、「権力者」だった 日本人は”研究所”の実態を知らない」『東洋経済オンライン』2015年3月17。<https://toyokeizai.net/articles/-/63086>(2019年4月18日アクセス)
  • 自由民主党「自民党政策Bank」<https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/20190607_bank.pdf?_ga=2.156285947.1975572725.1560234894-2021060021.1560234894>(2019年6月13日アクセス)
  • 鈴木崇弘「日本になぜ(米国型)シンクタンクが育たなかったのか?」『季刊 政策・経営研究』三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、2011年4月。<https://www.murc.jp/report/rc/journal/quarterly/quarterly_detail/201102_30/>(2019年6月25日アクセス)
  • 鈴木崇弘・横江公美・金子将史「激動の時代における政策シンクタンクの役割」政策シンクタンクPHP総研、2016年7月26日。<https://thinktank.php.co.jp/kaeruchikara/3130/?Page=1 >(2019年6月27日アクセス)
  • 建林正彦・曽我謙悟・待鳥聡史『比較政治制度論』有斐閣、2008年。
  • ダニエル. W. ドレズナー/井上大剛・藤島みさ子訳『思想的リーダーが世論を動かす』パンローリング、2018年。
  • 船橋洋一『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』中央公論新社、2019年。
  • ズグビネフ・ブレジンスキー/大朏人一訳『ひよわな花・日本』サイマル出版会、1972年。
  • 宮田智之『アメリカ政治とシンクタンク 政治運動としての政策研究機関』東京大学出版会、2017年。
  • 横江公美『アメリカのシンクタンク 第五の権力の実相』ミネルヴァ書房、2008年。
  • University of Pennsylvania, Scholarly Commons, “2018 Global Go To Think Tank Index Report”, 2019.
    <https://repository.upenn.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1017&context=think_tanks>(2019年6月6日アクセス)

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