論考

2019.08.08

研究・教育と政策のあいだ(前編)

―政策起業家の拠点としての大学の役割と限界-

はじめに

今回取り上げる政策起業家の「業界」は大学である。大学という組織は、多くの読者の方がその青春時代に何かしらの形でかかわったことがある一方で、政策に正面から関わっているイメージは持ちにくい。大学生活というと勉学の面では、研究室で実験を行う、大教室で授業を受ける、ゼミで指導教官から論文指導を賜るといった様子が浮かぶ。修士・博士課程に進み研究者を目指す人は、国内外の学会発表などの経験もあるかもしれない。いずれにせよ、大学は「学問の府」か「教育機関」のイメージが先行する。そしてそれはもちろん正確なイメージである。

ただし同時に、大学は市民社会における知の基盤としての役割を持ち、それゆえに政策起業業界の一部を構成している。本稿では、研究・教育という社会的使命と、政策への貢献という需要のあいだでゆれ動く、大学の役割と限界について、前回紹介したシンクタンクとの比較も踏まえて、明らかにしていきたい。

大学とシンクタンク―「武道」か「ストリートファイト」か

大学もシンクタンクも、一般的には「研究」機関としばしば呼ばれる。シンクタンクを扱った回で、論文・レポート・著作や新聞記事・雑誌記事などの執筆、学会への出席などの業務も、シンクタンカーの仕事と述べた。表面的には似たような仕事をしている両者だが、だとすれば大学とシンクタンクは一体何が違うのか。

まずここで理解すべきは、大学の本来的役割は、学問の発展のための研究を行うこと、そして所属する学生に高等教育-教養や研究者となる訓練―を授ける機関であることだ。

大学での研究は、本来は特定の学問の発展を目指すことを目的に、緻密に整理された学問体系に従い行う「学術研究」であり、それに基づく「新しい知の創造」が常に求められる。大学研究者となる最初の関門、博士号を取得する上で、「研究のオリジナリティ」が常に求められるのはそのためだ。洋の東西を問わず、博士課程に属する学生達は、各々の極める学問の方法論に則った、新たな知識の創造・学問分野の発展のための教育・訓練を受ける。それは、たとえるならば「武道」の修行に近い。

他方シンクタンクは、学術的方法論に則った新しい知の創造自体が至上命題ではない。むしろそれ以上に「知識の政策への変換」に力点が置かれる。具体的には、大学の学術研究で産み出された成果を、政治情勢や予算案などを加味して政策当局向けの味をつけて変換し政策提言とする、あるいは一般国民に響くようにメディアでPRするなど、大学で生産された専門知を社会実装するため「何でもやる」。専門知で政策課題を解決するために、時に学問の垣根を超えることも厭わない。かつてシンクタンクと大学の双方を渡り歩いた研究者が筆者に、シンクタンクは「ストリートファイト」の世界と語った。良きにつけ悪きにつけ、シンクタンクはそうしたダイナミックさがあり、これは日本に限らずどの国にもある程度共通する。

さはさりとて、両者はどの国でも常に一定の関係を保っている。大学で生産される知的アウトプットはシンクタンクでも理論武装に用いられ、逆にシンクタンクのレポートも場合によっては大学での研究に参照される。人材面でも、大学の常勤職が限られる中、大学からシンクタンクへ、シンクタンクから大学へといったキャリアパスを積む者もいる。他にも、いわゆる有識者としての審議会参加や、例えばアメリカのヘンリー・キッシンジャーのように研究者が政府高官に登用されるといった形で人材が大学と循環することで、大学は間接的に政策起業の一翼を担っている。

研究/教育と政策とのあいだ―大学が政策形成にかかわることの是非・限界―

このようにシンクタンクなどでの活動や、研究者が有識者としての招聘を通じて間接的に政策形成にかかわることに対して、「大学自身が直接」、政策研究や政策形成に関与することには賛否両論あり、またそもそも構造上困難ではないかとの問題もある。

まず挙げられるのは、研究者の業績評価を巡る問題である。先述の通り大学の本来の役割は、高等教育と研究であるため、分野ごとに違いはあるが、研究者の業績評価基準は通例論文・書籍などの執筆量や学会での報告などが中心である。そのため、政策研究や政策提言は評価の対象となりにくく、従って研究者が着手するインセンティブを持ちにくい(金子将史「日本の外交・安全保障政策の 知的基盤をいかに強化するか―政策シンクタンクのあり方を中心に―」、総合研究開発機構「伊藤元重が考えるこれからの政策シンクタンクの形」)。

2点目に、政策研究と学術研究の目指す方向の相違が指摘しうる。政策研究は通例、解決すべき社会課題がまず大前提として存在する。言うなればニーズ(needs)が前提としてあり、その解決のために学術的知見を用いる(総合研究開発機構「伊藤元重が考えるこれからの政策シンクタンクの形」)。他方、大学における学術研究の多くは、必ずしも社会課題解決や政策的要請から自律的に行われるものではない。究極的には社会への知的還元を目的としていないわけではないが、特定のテーマに根差した政策研究に比してその効用は長期である。

また3点目として、学問の中立性をめぐる問題が挙げられる。政策は党派性と結びつきやすいため、その一部を為す政策研究もまた党派性に関わる可能性があり、このことが学問や教育の信頼性を損ねることが懸念されるのである。例えば、戦後日本では、憲法9条との関わりや戦前の反省などから、安全保障研究が行いにくい風潮があった。またベトナム戦争当時のアメリカでも、国際政治や安全保障を専門とする学者に対して、政府の活動ひいては戦争の片棒を担ぐものと批判されたという。

政策コミュニティの一部としての大学

以上のように、高等教育と研究を主たる役割とする大学は、政策形成に直接コミットすることには構造上の限界を抱えている。そのような中で、やや単純化すれば、①シンクタンクという変換機と連携する、ないしは②大学の組織内に、政策志向の研究や教育に特化したブランチを組織・運営する、ことのいずれかで、大学は政策形成にコミットしてきたといえる。

後者については、例えば東京大学未来ビジョン研究センター(旧政策ビジョン研究センター)に代表される大学付属の政策研究機関のほか、公共政策のための研究と教育を行う各大学の公共政策大学院にその役割が期待されているといえよう。こうした機関とは、政府の実務家との人事交流も行われ、政策のための知の循環が試みられている。

日本においては、前稿で述べた通り学知の変換機としてのシンクタンク産業全体の弱さが一方であり、もう一つの変換器である大学付属研究機関も、例えば東大の政策ビジョン研究センターですら立ち上がりは2000年代に入ってからであるし、また公共政策大学院も、欧米では20世紀前半にすでに創設されていた反面、正式な大学院大学として創設されたのは2004年の東京大学・東北大学の公共政策大学院を待たねばならなかった。その後も公共政策の学位を取得できる公共政策大学院やコースは日本国内にわずか8つと、諸外国と比して決して多いとはいえない。

このように、折角大学から生み出された知が、政策サイドに還流していない印象のある日本であるが、大学に蓄積された学知を十分活かす必要があることは間違いない。大学の比較優位を十分に活かすためにも、政府との間に立って学術研究を政策研究に変換し、さらにそれを社会実装のレベルにまで落とし込む「仕掛け」が必要不可欠なのである。

(API 21世紀日本の政策起業力プロジェクト事務局)

参考文献

  • アレックス・アベラ『ランド 世界を支配した研究所』(文藝春秋、2011年)
  • 金子将史「日本の外交・安全保障政策の 知的基盤をいかに強化するか―政策シンクタンクのあり方を中心に―」『PHP Policy Review』Vo.6-No.51(2012年7月11日)<https://thinktank.php.co.jp/wp-content/uploads/2016/05/policy_v6_n51.pdf>、2019年7月18日アクセス。
  • 五百旗頭真・中西寛『高坂正堯と戦後日本』(中央公論新社、2016年)
  • 酒井哲哉編『平和国家のアイデンティティ』(リーディングス戦後日本の思想水脈1)(岩波書店、2016年)
  • 総合研究開発機構「伊藤元重が考えるこれからの政策シンクタンクの形」(2007年8月30日)<http://www.nira.or.jp/past/newsj/kanren/190/194/kouen070830.pdf>、2019年7月11日アクセス。
  • 総合研究開発機構「政策研究者に関するアンケート調査 報告」(2007年10月)<http://www.nira.or.jp/past/newsj/kanren/190/196/houkoku.pdf>、2019年7月18日アクセス。
  • ダニエル・W・ドレズナー『思想的リーダーが世論を動かす』(パンローリング、2018年)
  • 服部龍二『高坂正堯 戦後日本と現実主義』(中央公論新社、2018年)
  • 船橋洋一『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』(中央公論新社、2019年)
  • 御厨貴編『公共政策』(放送大学教育振興会、2017年)<http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317552.htm>、2019年6月6日アクセス。
  • 文部科学省「専門職大学院一覧」<http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/senmonshoku/08060508.htm>、2019年6月6日アクセス。
  • 文部科学省「高等教育の将来構想に関する基礎データ」<http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2017/04/13/1384455_02_1.pdf>、2019年6月6日アクセス。
  • 吉見俊哉『大学とは何か』(岩波書店、2011年)
  • Lawrence Freedman, “Academics and Policy-making: Rules of Engagement”, Strategic Studies, Vol.40, Nos.1-2, 2017.
  • Francis J. Gavin, “Policy and the Publicly Minded Professor”, Journal of Strategic Studies, Vol.40, Nos.1-2, 2017.
  • Hans Gutsbrod, “Think Tanks and Universities: Practical Considerations”, 2012, October 5, On Think Tanks: INDEPENDENT RESEARCH, IDEAS AND ADVICE, accessed on 2019 July 15. <https://onthinktanks.org/articles/think-tanks-and-universities-practical-considerations/>
  • Christopher Preble, “Bridging the Gap: Managing Expectations, Improving Communications”, Journal of Strategic Studies, Vol.40, Nos.1-2, 2017.

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