論考

2019.08.23

マカイラCEO藤井宏一郎氏が語る、パブリックアフェアーズ産業の意義・課題・展望(中編)

シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」第2回

藤井氏へのインタビューの中編にあたる今回は、本シリーズで焦点を当てる政策人材/政策起業家としてのパブリックアフェアーズ人材のキャリアを巡る質問を伺います。

前編はこちらからご覧ください。

「政策起業家キャリアとしてのパブリックアフェアーズ人材」

−−パブリックアフェアーズ人材のキャリアパスについて伺いたいと思います。今後日本社会で人材の需要が高まる中、パブリックアフェアーズに携わる専門人材のキャリアは、例えば公務員となるのと同じよう、若者―特に例えば新卒の学生にも開かれていくでしょうか。

政府から在野まで、様々なセクターを行き来しながら、能力を研鑽する回転ドア型(リボルビングドア型)のキャリアの中でしか、パブリックアフェアーズ人材、公益のためのロビイストは成長できません。

この点、私は、学生がファーストキャリアとしていきなりパブリックアフェアーズを選択することはお薦めしません。この業界での仕事は、様々なステークホルダーとの関係性のマネジメントの面がとても重要となります。最先端の政策やテクノロジーの知識、実務で必要な人脈が必要になるため、異なるセクター・業界での経験を、養分として活かす、あるいはパラレルキャリアの中で、自らの所属組織のそれとは異なる専門性を磨くことが必要です。

例えば新卒で、書生上がりのまま、いきなり選挙に立候補して、市長になろうという人が、社会を良くできるとは思えませんよね。パブリックアフェアーズ人材のキャリアパスも、それと同じです。

同じ趣旨から「この産業には、新卒から定年まで、終身雇用のような形で居続けるべきでない」ということも言いたいです。例えば22歳で大企業の政策渉外部門に入って、役所の陳情の仕方や永田町の議員会館の回り方など、テクニカルなところだけを体得し、他のセクター―メディア、政治家、アカデミアやシンクタンクなど他業界や、マーケティングや経営企画など事業会社のビジネスサイドを経験せず、40年間ロビイストであり続ける人はいずれ枯れるでしょう。変わり続ける世界の中で、最先端の政策・技術の知見や、ノウハウ・人脈をアップデートするためには、何らかの形で「外」の世界との接点を持ち、常に学び続けることが必要だからです。

−−なるほど。つまり、この業界に興味がある若い人たちに対し、「まず今いる場所で、一所懸命頑張って、学んでから来てほしい」ということでしょうか。

はい。政府から在野まで、様々なセクターを行き来しながら、能力を研鑽する回転ドア型(リボルビングドア型)のキャリアの中でしか、パブリックアフェアーズ人材、公益のためのロビイストは成長できません。今この業界に興味がある若い皆さんは、まず皆さんそれぞれが将来のキャリアの核となる政策領域やスキルの経験をしっかり積んでください。それを経て、職員でもインターンでも、若いうちに数年間、この世界に入って、学んだものを自らのキャリアに上積みした上で、政治家になる、法曹になる、学者になる、元居たセクターに戻ってキャリアアップする、パブリックアフェアーズで更に上を目指す…など様々な道を歩んでくれればと思います。ただ一番問題なのは同じところに居続けることなので、別の業界に行くことを前提に、官民クロスオーバー型キャリアの最初のステップとしてパブリックアフェアーズに関わるのであれば、ファーストキャリアとしても面白いかもしれませんね。

−−リボルビングドア型のキャリア―それは昭和にあったような「新卒採用から定年まで同じ組織で終身雇用」というキャリアとは、対局にあるものです。そうしたキャリアパスがこれからの時代に持つ価値を、改めて教えて頂けませんでしょうか?

端的に言えば、そうしたキャリアを歩んできた人は、ある単一の組織が持つ、組織的に蓄積された知見(institutional knowledge)を漸進的にアップデートするだけでは解決できない、複雑な政策・社会課題を解決する上で必要な新たな洞察をもたらしてくれるからだと思います。イノベーションという言葉は元々「新結合」が原義です。つまり、単一の業界・世界に閉じこもっていても、起こせる革新の幅は小さい訳です。海外に出る、実務と学究を行き来する、ある時には自分で起業するといった、様々な場所で経験を積んできた人こそ新しい産業を興す人だと思いますし、それは恐らく皆さんが関心のある、政策起業―政策形成のイノベーションの文脈でも同じことなのかと思います。

−−藤井様はマカイラのCEOとして、そうしたリボルビングドア型の人材を育てていくために何か工夫されていることはあるのでしょうか。

 

人材をきちんと育て、彼ら彼女らが様々な業界に引き抜かれ、より高位なポジションで戦えるようにすることが、会社としての責任です。

マカイラは2014年創設のまだ新しい会社ですが、人材育成面では、一人一人がわが社で働いたことで、様々な一流企業の公共政策/政策渉外部、シンクタンク・大学から、「引く手数多な人材」となれるように、会社として経営面でコミットしています。

私たちの事業は、シンクタンクと一般的なロビイストの中間領域です。会社として受ける案件を、収益性だけではない一定の基準(後編で詳述)に基づき絞りこみ、時には収益は二の次で社会的必要性から取り組むこともあります。そのため、もちろんNPOよりは収益性は高いですが、大企業向けのロビイングだけやっている場合と比べ、純粋な収益・給与には劣ります。だからこそ、人材をきちんと育て、彼ら彼女らが様々な業界に引き抜かれ、より高位なポジションで戦えるようにすることが、会社としての責任です。

具体的には、本人の持っている政策や技術についての研究領域・専門分野と、「ルール・ディール・アピール」の仕事の類型で伸ばしたいところを見極め、それに対応する案件・クライアントに徹底的に関わってもらうようなマネジメントは意識しています。更には、外の世界で自らの専門を深め、人脈を広げられるよう、外部のカンファレンスやイベントへの参加には資金を補助し、また申告すれば、営業時間中でも自由に参加できるような体制をとっています。業界団体への出向や大学講師などの活動も奨励しています。独り立ちできるセルフブランディングのために、社員のイベント登壇やメディア露出の機会も設けます。このようにして、個々の専門分野や得意分野を極めていくことを積極的に支援しています。そうした人材育成のサイクルを作るからこそ、本来より高給な会社を選べるだろう極めて優秀な人材が、あえてマカイラを選んで来てくれることもあります。

−−マカイラを一つのステップとして、次のステージに巣立っていった方は、例えばどういったセクターに移られているのでしょうか。

誰もが知るような大手シリコンバレー企業、大手製薬会社などの有名企業で、公共政策部門の責任者となったOB/OGが複数います。エシカル消費や環境問題への取り組みで有名な海外ブランドの広報マネージャーとなった方や、大学や民間のシンクタンクに所属する研究者となった方もいらっしゃいます。企業の政策渉外からアカデミアまで、様々な分野・領域で皆さん今も活躍をされています。

少しでもパブリックアフェアーズに携わった人はよくご存知と思いますが、この業界は明らかに人材不足です。いろいろなベンチャー企業やテクノロジー企業が、血眼になってパブリックアフェアーズ責任者を探しています。しかし①法律や政治行政の仕組みが分かっている、②テクノロジーや産業政策が分かっている、③NPOやメディア含めた市民社会にまで届けるキャンペーン力を持っている、④(外資の場合)英語が話せる、となると、日本中でほんの一握りしか人材がいないのが現状です。マカイラでは、そういう人材を少しでも掘り起こすために、「パブキャリ」という人材紹介サービスを始めました。(パブキャリについてはこちらをご覧ください)既に多くの人が登録いただいています。今後は「パブキャリ」も通じて、トライセクター人材のリボルビングドアをさらに活性化させていきたいです。


ありがとうございました。後編では、パブリックアフェアーズとロビイングとの関係、パブリックアフェアーズ人材に求められる職業倫理、そして日本のパブリックアフェアーズ産業の未来像などをお話頂きます。
                                 (聞き手・編集:瀬戸崇志)

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