今週の PEP Think: 「研究者を生かす『接続』と研究環境」「Good Life Agenda とは何か」「自給か輸入か、ではない」
海外シンクタンクの議論を日本語で読み解き、日本のビジネスや政策への含意を考えるポッドキャストシリーズ 「PEP Think」。
今回は3本のエピソードをお届けします。1本目「研究者を生かす『接続』と研究環境」では、人材と制度のつながりを考えます。2本目「Good Life Agenda とは何か」では、生活実感から政策を測り直す構想を整理します。3本目「自給か輸入か、ではない」では、食料安全保障の捉え方を問い直します。
研究者を生かす「接続」と研究環境 ― 学生ビザ・研究資金・技術経済協定
科学技術を支える人材は、国内で何人育成するかだけで決まるわけではありません。卒業後に研究や産業へ進める制度、研究者が利用できる資金や組織、国境を越えて人材が移動できる条件まで含めて考える必要があります。
1 本目のエピソードでは、米国の政策動向を中心とする3本の論考から、人材と制度のつながりを考えます。研究者や技術者が学んだ後、研究、就労、資金、組織、国際移動へどのようにつながっていくのか。人材の数だけでは捉えにくい、制度間の「接続」に注目します。
米国の学生ビザ改革 ― 留学から高度人材の定着までをどう考えるか(Peterson Institute for International Economics)
Peterson Institute for International Economics の「A new US rule to restrict student visas will hurt the US economy」をもとに、留学生の在留期間を原則最長4年とし、それ以上の滞在に延長申請を求める新しい規則を紹介します。記事は、留学、卒業、OPT による就労、就労ビザへの移行を一連の過程として捉え、途中の制度変更が将来の人材供給にも影響し得ると主張します。
エピソードでは、問題の中心を4年という年数だけに置かず、学業や就労の途中に個別の行政審査が加わることで生じる不確実性について検討しました。また、外国人STEM人材が生産性に与える影響について異なる研究結果を確認し、記事が示す大きなGDP損失の試算も、新規則だけによる確定的な予測として扱うべきではないと整理しています。日本については、留学生数に加えて、大学院への進学、研究職や企業への移行、在留資格の変更、数年後の定着まで継続して確認する必要性や、不正対策をどの範囲に適用するかを議論しました。
米国の新科学戦略 ― 資金の配り方と研究の独立性(Atlantic Council)
Atlantic Council の「How will Trump's new science strategy change US research?」をもとに、米国の新しい科学戦略と研究資金制度の見直しを紹介します。記事では、大学中心だった研究資金の配分を見直し、長期的な支援、研究者本人への助成、FRO や X-Labs など新しい研究組織への資金提供を広げる方向性が示されています。その一方で、大幅な研究予算の削減要求や、政治任用者が助成候補を確認する規則について懸念も示されています。
エピソードでは、研究資金の総額と配分方法を分けて考えました。基礎研究、共同研究、実証など、研究の性質によって適した助成方法が異なる可能性を検討し、新しい制度を導入した件数そのものを成果としないことも議論しています。また、政府が国家的な研究目標を設定することと、個別の研究課題を選定することを分け、専門的な審査や研究の独立性をどのように保つかを考えました。国内人材の育成と海外研究者の獲得を一つの人材政策として捉えることや、研究セキュリティを具体的な技術や情報へのアクセスに応じて管理するという論点も扱っています。
戦略的技術経済協定 ― 同盟国で通商・技術・人材を束ねられるか(Information Technology and Innovation Foundation)
Information Technology and Innovation Foundation の「Mobilizing for Techno-Economic War, Part 6: From Free Trade Agreements to Strategic Techno-Economic Agreements」をもとに、米国と同盟国が通商、技術、投資、研究、人材、安全保障を一つの協定にまとめる「戦略的技術経済協定」を紹介します。記事は、中国との技術競争に米国だけで対応することは難しいとして、輸出管理などの負担を同盟国に求める一方、市場アクセス、共同投資、人材移動などの便益も組み合わせる構想を示しています。
エピソードでは、重要な生産能力をどこまで共同で維持するべきか、15分野をまとめた協定が実際に成立するのか、中国との経済関係をどの範囲まで制限するのかを検討しました。対象産業については、供給が止まった際の損失、代替可能性、生産能力を再構築するまでの期間、他産業への影響などを基準に考えるという論点を扱っています。また、協力を段階的に進める可能性も検討しました。日本が参加を判断する際には、中国への制約とあわせて、市場アクセス、共同投資、人材移動など、参加によって得られる条件を確認する必要があることも議論しています。
Good Life Agenda とは何か ― 生活実感から政策を測り直す
経済が成長し、賃金が上がっていても、家賃や保育・医療の負担が重く、行政や企業の手続きに時間を取られ続ければ、生活が良くなったという実感は生まれにくくなります。Roosevelt Institute が2026年に公表した Good Life Agenda(グッド・ライフ・アジェンダ)は、こうしたマクロの経済指標と生活実感の乖離を背景に、民主主義は人々の生活を実際に良くできるのかという問いを掲げます。政策の成果を、生活必需品の手頃さ、安定的かつ上昇する所得、十分な時間という三つの観点から捉え直す構想です。
2 本目のエピソードでは、Good Life Agenda の背景を、ニューディール、2015年の「Rewriting the Rules of the American Economy」、バイデノミクスへと続く流れから整理します。さらに、事前分配、現代サプライサイド経済学、生産主義、ミッション思考との関係を確認しながら、価格や所得だけでなく、それらを左右する交渉力や力関係まで政策の対象とする特徴を検討します。政策成果を届けることに重点を置くデリバリズムと、労働組合やテナント組織などを通じて市民の交渉力を形成する権力構築(Power-Building)の違いも取り上げます。
後半では、公的選択肢、税制、産業政策、反独占・反買い手独占、金融政策、対抗権力という六つの統治ツールを整理します。あわせて、行政や企業の手続きによって失われる時間を捉える「時間税」、ケア経済、AI による生産性向上を生活者の時間へどう還元するかという問題を扱います。供給拡大を重視するアバンダンスとの緊張関係を整理したうえで、日本の賃上げ、少子化対策、行政DXについても検討します。最後に、国家能力と財源、政策に付す条件と供給速度の両立、国際摩擦という実装上の課題を取り上げ、評価指標、透明性、撤退条件まで含めた制度設計を考えます。
自給か輸入か、ではない ― 食料安全保障を捉え直す
食料安全保障を考える際、国内でどれだけ生産するのか、海外からどれだけ輸入するのかという対比だけでは、平時の価格や危機時の供給能力まで十分に捉えられません。3 本目のエピソードでは、国内の生産能力、輸入先の分散、備蓄、平時からの官民の備えを取り上げます。
3本を通じて、自給率だけで食料安全保障を捉えることの限界と、国内に残す生産能力、海外からの調達、備蓄の水準、それらを平時から支える主体まで含めて考える必要性を議論します。
日本のコメと食料安全保障 ― 平時の価格と危機時の生産能力(CSIS)
CSIS の「Rice at a Crossroads: Rethinking Japan's Food Security」をもとに、日本のコメ価格上昇と食料安全保障を紹介します。記事は、国全体で食料を供給できることと、一つひとつの世帯が必要な食料を購入できることを分けて捉え、自給率そのものよりも、危機時に使える農地、農業者、技術といった生産能力を維持することを重視します。また、コメ価格を高く保てば消費者の負担が増え、価格を下げれば農家の所得を圧迫するという問題を整理しています。
エピソードでは、平時、数週間から数か月程度の供給不足、長期的な輸入途絶という時間軸の違いによって、必要な対応が変わることを議論しました。さらに、生産能力を農地面積や農業者数だけで評価せず、農業用水、種子、肥料、機械、加工、保管、輸送まで含め、必要な時期に実際に増産できる状態として把握することや、農家所得を価格以外の制度で支える場合の移行手順について考えました。
中国の食料戦略 ― 世界市場への影響と調達の変化(Chatham House)
Chatham House の「Can the world benefit from China's quest for food security?」をもとに、中国が進める国内生産の強化、輸入先の分散、備蓄、輸送経路の整備などを紹介します。記事は、中国の食料安全保障を国内生産だけで捉えず、輸入や備蓄を組み合わせた政策として整理しています。また、中国の輸入需要が長期的に減少すれば主要生産国には調整の時間が生まれる一方、国内の不作などで輸入が急増する可能性や、中国の政策変更が農産物価格、土地利用、生産国の農家所得、物流投資に影響を及ぼす可能性も指摘しています。
エピソードでは、大豆、小麦、食肉など、品目によって国内生産と輸入をめぐる条件が異なることや、中国の輸入減少の速度について複数の見通しがあることを議論しました。また、生産国が不足時にどこまで追加供給できるかという供給弾力性、中国の備蓄や需要変化の予見可能性、森林破壊などの環境負荷が別の地域へ移る可能性を取り上げています。さらに、日本の政府や企業が複数の調達先との関係や長期契約、物流への投資をどう維持するかについても考えました。
平時から備える食料供給 ― 官民連携と費用負担(Agricultural and Food Economics)
査読誌 Agricultural and Food Economics に掲載された論文「PREPARE: a theoretical framework to improve food supply security in highly privatised and fragmented food systems」をもとに、食料供給への備えを危機発生後の対応に限らず、平時の事業運営や政策にどう組み込むかを紹介します。論文は、企業が非常時のための在庫や設備を維持するには費用がかかる一方、行政側にも政策分野の分散や時間軸の違いといった問題があると整理します。そのうえで、重要事業者への最低基準、官民による備蓄、費用を分担する財政手段、国内能力と安全な国際貿易の組み合わせなどを提案しています。
エピソードでは、何をどの水準で維持すれば備えが十分と評価できるのか、設備や在庫などの対応能力と、危機時にも実際に食料が届いたという成果をどう区別するかを議論しました。また、企業自身が負担する事業継続のための備え、公的負担の根拠がある備え、重要事業者に求める最低限の義務、食料を購入できない世帯への支援を分けて考えました。さらに、ストレステストや定期的な利用可能性の確認を通じて、平時から供給能力を維持する仕組みについても検討しています。