論考

2019.05.15

令和時代の政策創りと新たなるパブリック・キャリア

日本の政策創りはどこに向かい、誰が担うのか?

「これからの日本の政策創りはどこに向かい、誰が担うのか」―この記事では、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ「21世紀日本の政策起業力プロジェクト」事務局が、プロジェクトの問題意識とミッションを、現在の日本社会の課題に照らして紹介する。

官僚達の冬?—伝統的な政策エリート集団が直面する壁


「おれたちは、国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃないんだ。」

「熱い夏が、また、やってきた。(中略)新政策の編成期を秋に迎えたその季節は、官僚達が新政策づくりに燃え上る最も熱っぽい季節である。(中略)省内の若手たちは芽をふき、青くさいほどの議論が古っぽい建物に溢れ返る。」

(城山三郎『官僚達の夏』新潮文庫、1980年 9-11頁から抜粋)


日本では、そもそも政策はどのように創られてきたのか。そして「政策・制度を創り、国と社会を良くするために働きたい」―そんな志を持つ若者達は、そのキャリアをいかにして築いてきたのだろうか。

そう問われてまず真っ先に頭に浮かぶのは、行政官、特に中央官庁で働くキャリア官僚達だ。日本では「大臣・政治家はお飾りで、官僚こそ政策の主役」とのイメージが根強い。実際、法令制定や予算策定など、政策を創るための様々な権限とノウハウを持つ霞ヶ関は、今後も日本に無くてはならない存在だ。

国/公に仕える大志を抱き、東大法学部や一流大学を出てキャリア官僚になることは、かつては間違いなく日本のエリートの象徴であった。城山三郎のベストセラー小説『官僚達の夏』で描かれた昭和30代の通産官僚達の活躍は、「天下国家を動かす崇高な職業」という日本人の典型的官僚像を強く映している。


「筆者は、公務員としての魅力が低下している大きな要因は、キャリアの形成が難しくなっていることだと考えている。根回しや調整業務、雑用に追われて、専門性が身につかず、それに基づくキャリアが発展しないのである。」

(田中秀明『官僚達の冬—霞が関復活の処方箋』小学館新書、2019年、161頁から抜粋)


そんなキャリア官僚だが、実は近年では学生・若手から見て、キャリアとしての魅力が低下してきているようだ。データによると確かに国家総合職試験志願者数(旧国家公務員I種試験)は、90年代のピーク時の4万人台から、近年は2万人台にまで減少している(図表1)。また2018年の1年間における若手行政官(30歳以下の総合職事務系職員)の退職者数について、NHKが一部省庁に実施した聞き取り調査が(図表2)だ。入口・出口の双方で、若手が霞ヶ関から流出している。キャリア官僚はそもそもの採用絶対数が少なく、こうした流出は重大な問題といえる。

(図表1)国家公務員採用試験申し込み数

(図表2)2018年における一部省庁での若手キャリア官僚の離職者数

若手のモチベーション低下と、それに伴う志望者減・離職の背景には、これまでの霞ヶ関の政策形成・行政官の働き方をめぐる次のような課題が背景にあるとされる(図表3)。

(図表3) 行政官達が感ずる霞ヶ関の課題/モチベーション低下の要因

① 官僚機構としての制約・業務非効率から、質の高い政策立案・実施が困難
行政の縦割りと強いコンセンサス主義
関係各省・業界・与(野)党との調整を潜り抜け、はじめて政策・法案は成立。調整円滑化の観点で、あたりさわりの無い政策にまとまる傾向。

前例踏襲/リスク回避主義
前例が無いが必要な政策実施には極めて高いハードル。失敗のリスクを伴ってでも必要な政策は、失敗時に責任者のキャリアに傷が付くため回避される傾向。

強い法令審査の逆機能
法令制定過程で、内閣法制局等が過去の法体系との整合性を極めて厳しくチェック。形式的論理の整合性偏重から、本質的政策論が犠牲になる傾向。

ルーティン事務処理/調整案件の業務内での比重の高さ
上で述べた官僚機構の制約上、国会対応等をはじめルーティンの調整・雑務が増大。そもそもの政策の中身を勉強・議論し、その質を高めるための時間を圧迫。

しばしば起こる強い政治(官邸)主導の逆機能:現場の「下請け」化
官邸官僚/政権におぼえの良く、時に忖度する幹部行政官が、政策立案の中身に過度に介入。各省原局における担当行政官の「下請け化」が発生。
② 政策専門家としての知識・スキルが修得困難
数年(平均2-3年)毎の横滑り的な人事異動
多くの者が、担当政策分野への深い専門知識が身に付く頃には、前の業務との連続性がないポストに異動。事なかれ主義的ゼネラリストが生まれやすい土壌。

膨大な業務(拘束)時間に伴うスキル構築・情報収集の機会減少
語学学習や役所外の潜在的政策パートナーとの情報交換・連携が、若手は特に困難。

民間に比したときの若手の業務裁量度の低さ / 成長曲線の緩やかさ
政策立案は平均30代前半頃の課長補佐級が主役。例えば民間コンサルティング業界等と比べ、20代の若手の業務裁量は小さく、成長スピードも遅くなりがち。

出典:田中『官僚達の冬』(2019)、新しい霞が関を創る若手の会『霞が関維新』(2009)等先行研究、現職行政官・政策実務経験者への聞き取りから、API21世紀政策起業力事務局作成

 

つまり、現在の霞ヶ関の政策形成/働き方は、社会がキャリア官僚に、そして官僚達自身も自らに期待する「政策のプロフェッショナルとしてのキャリアを歩むこと」を難しくしている。大蔵(財務)官僚から研究者に転身した田中秀明氏の書籍が示す通り、彼/彼女らが「夏」を謳歌できた時代は過ぎ去り、厳しい「冬」の時代に直面しているかもしれない。

論考一覧へ戻る