PEP では、政策起業に関連した英語記事を翻訳して発信する翻訳コンテンツを定期的に発信しています。 今回は、非営利のオンラインメディアサイト The Conversation...
アマンダ・タターソール「ネットゼロを達成するためには、政策立案者は地域社会の声に耳を傾ける必要があります。ジーロングのような地域から学ぶべきことは?」
今回は、非営利のオンラインメディアサイト The Conversation から、以下の記事をお届けします。
翻訳元:Amanda Tattersall, To get to net zero, policymakers need to listen to communities. Here’s what they can learn from places like Geelong, The Conversation, 2024/5/11
(訳注:オーストラリアの)連邦政府が「ネットゼロ局 (Net Zero Authority) 」という重要な取り組みについて発表している中、ヴィクトリア州の都市ジーロングでは今週、地域団体、労働組合、宗教団体、企業代表などを含む何百人もの人々が独自の発表を準備していました。
この半年間、ジーロングでは気候トランジションに関するオーストラリア最大級の「リスニング・キャンペーン」が開催されてきました。これは、シドニー大学の「オーストラリアのリアルディール (Real Deal for Australia) 」プロジェクトの一環です。このプロジェクトの目的は、地域コミュニティが直面している変化について、コミュニティに真の発言権を与えることです。
5月10日には、コミュニティからのフィードバックに基づく、取るべき行動についての報告書が発表されました。
では、オーストラリアの気候トランジションを計画する「ネットゼロ局」は、ジーロングにおけるこの政策立案の試みから何を学べるのでしょうか?
一つの明確なメッセージは、住宅およびトランジションにおける住宅の役割が圧倒的な関心事であるということです。極端な天候、エネルギーコスト、排出量、そして太陽光発電への不平等なアクセスによる影響を媒介とする形で、住宅の質と安全性、生活費、気候変動は全て結びついています。雇用の安全性も同様に気候政策と密接に関連しています。
しかし、こういった日常のストレス源と切り離された別の問題として気候変動問題が提示されると、人々は気候変動への対策は負担が大きすぎると考え、関心を失ってしまいます。
@ClimateworksCtr の専門家は以下の記事で、「オーストラリアのネットゼロ局によって、産業、地域、コミュニティは脱炭素経済においても活発に成長するでしょう」と述べています。
トランジション(移行)は協力的なプロセスとして実行したときに最も効果的となる
クリーンエネルギーへの気候トランジションは、ジーロングにとってはまた一つの新しいトランジションに過ぎません。
写真クレジット:HxChester/Flickr
トランジションの概念はジーロングにとって新しいものではありません。1990年のピラミッド住宅金融組合 (Pyramid Building Society) の破産や、2010年代のフォード社の工場とアルコア社のアルミニウム製錬所の閉鎖は大きな変化をもたらしました。多くの人々にとって、それらのトランジションはジーロングの人々「と共に」というよりも、ジーロングの人々「に対して」という形で発生しました。
気候変動は新たなトランジションをもたらしています。人々が今回は取り残されないようにするにはどうすればよいでしょうか?
コミュニティ主導の研究は、過去数十年で注目を集めてきたアプローチです。この用語は、コミュニティに関する研究や政策プロセスの中心にあるべきなのはそのコミュニティだ、という原則に基づいた幅広い研究方法を指します。ネイチャー誌の論説によれば、
このアプローチは、人々を政策の対象として扱うのではなく、コミュニティを政策設計に参加させます。一般の人々に研究プロセスを導くよう依頼し、質問の作成、参加の方法の決定、データの分析、研究成果および政策成果の創出を一般の人々が行います。
リアルディールのアプローチはどのように機能するのか?
シドニー政策ラボ (Sydney Policy Lab) は2019年、オーストラリアにおける気候変動政治の分裂と二極化の時期を経て、「オーストラリアのリアルディール (Real Deal for Australia) 」プロジェクトを開始しました。
このプロジェクトの目的は、気候危機にまつわる不確実性の中で、コミュニティ主導の政策による解決策が新たな戦略を提供できるかどうかを検証することです。リアルディールプロジェクトは、シドニー西部やクイーンズランド州の港町グラッドストーンでも開始されています。
リアルディールアプローチの行動原則は、「行動の前に関係構築」です。実際にこのプロセスを通して、全国的な気候変動団体、労働組合、地域組織のネットワークを構築してきました。これらの団体が協力して、2020年のリアルディール報告書に概説されている、コミュニティ主導の研究への独自のアプローチを生み出しました。
2022年9月から2023年3月まで、ジーロングのリアルディールチームは38回の「テーブルトーク」を実施しました。これは小さなグループで行われる座談会で、教会のホール、コミュニティセンター、労働組合の会議室、さらには地元のパブでも開催されました。このレベルの参加を達成することは容易ではありませんでした。
このプロセスでは十分な時間を確保して、コミュニティが議題を設定し、自分たちのニーズに応じた解決策を形作れるようにします。迅速な結果を求める傾向にある時代精神を受けてか、ジーロングの有力者の中には、長引くヒアリングプロセスに懐疑的な人もいました。更には、ロックダウン後の疲れによって参加率は低下し、ビクトリア州の州選挙、学校の休暇期間によってプロセスは一時中断を余儀なくされました。
それにもかかわらず238人の住民を巻き込んだこの研究の力は、その実施方法にありました。地元のコミュニティメンバーが研究チームのサポートを受けてプロセスを主導しました。これは、専門家とされた人が事前に用意した政策解決策を提示する従来の「コンサルテーション」とは異なるものでした。
ジーロングで行われた38の「テーブルトーク」の一つの参加者たち。2023年2月。写真クレジット:Mik Aidt
ジーロングから得られた知見は?
ヒアリングの結果、ネットゼロ達成のためには、新産業や新規雇用の創出以上のものが必要であることがわかりました。ジーロングでの最大の問題は住宅に対する不安であり、参加者の92%が言及していました。
住宅は気候と密接に関係しています。特に賃貸住宅の質が悪く、ますます不安定になる気候に対応ができていません。異常気象の後に家が浸水したと語る参加者も複数いました。カビの問題に限定しても、テーブルトークの20%で取り上げられました。地元のボランティア団体からの参加者は以下のように述べました。
住宅は生活費と気候変動の両方に関連しています。例えば、賃貸住宅に住む人々は、屋根の太陽光発電システムを通じて安価でCO2の排出が少ない電力にアクセスすることができません。
裕福な人々は質の良い住宅、リフォーム、太陽光発電で自分の身を守ることができる一方で、経済的に恵まれない人々はそのようなことができない、という二層構造の存在について参加者は言及していました(同様のことは火曜日の連邦予算でも言及されていました)。
ヒアリングではまた、不確実な時代における安心の源としての良質な住宅の重要性も明らかになりました。気候が変わる中で、頼りにならず高価でアクセスしにくく質の悪い住宅の存在は、人々の恐怖と不安を増大させるものです。
住宅に加えて、雇用、生活費、質の高い介護サービスもネットゼロへの移行において重要とされました。
政策の作り方が重要
今回の調査結果は、ネットゼロ局にとって非常に役立つ教訓となるでしょう。人々が直面する他の日常的なプレッシャーと気候トランジションの計画とが関連付けられると、参加者は自分たちの主体性をより実感しました。彼らは真の変化が可能であるとより確信するようになりました。
オーストラリアがトランジションへの投資を強化する中で、政策の作り方が重要であることをジーロングでの経験は示しています。コミュニティが変化の流れを形成する役割を持てば、気候変動対策は住民の生活のストレスを増やすのではなく、減らすことができます。
地元および地域のコミュニティ主導のアプローチが、より包括的で公正、かつ支持の得られるトランジション政策を生み出す強力な方法となりうることを、ジーロングでの事例が示しています。
アマンダ・タターソール (Amanda Tattersall) 、シドニー大学准教授
監修:野澤