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ニャンガラ・ゾルホ「人と地球に優しいグリーン経済への移行における実験的なイノベーション政策の必要性」
今回は、英国の研究機関Nestaによって設立された政策研究機関Innovation Growth Labから、以下の記事をお届けします。
翻訳元:Nyangala Zolho, We need experimental innovation policies to transition to a greener economy that works for people and planet, Innovation Growth Lab, 2021/10/22
なぜR&D予算の増額だけでは気候危機を解決できないのか、そしてイノベーション政策立案者にとって実験がいかに救いの手となるか
新型コロナウイルスのパンデミックにより、多くの分野がこれまでにない速さで変化し、私たちの生活や仕事のあり方は混乱の中で変貌を遂げました。気候危機が世界的な課題として注目され、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)を控える中、経済成長へのアプローチを再考する必要性がかつてないほど高まっています。これまでよりも頻繁に、より極端になる気象現象に備えるよう専門家が警告し続ける中、私たちは皆、地球の資源が有限であることを痛感しています。しかし、新型コロナウイルスへの世界の対応から学ぶべきことがあるとすれば、イノベーションによってよりグリーンな経済への急速な変革を加速させる機会が訪れるということです。ネスタの核心的なミッションの一つである、世界を犠牲にしない成長を確かのものとすることは可能です。しかし、そのためには従来のイノベーションと経済成長政策の展開方法を変える必要があります。ネスタのイノベーショングロースラボは長年にわたり、イノベーション政策自体があまりイノベーティブではないと主張してきました。何が効果的かについてほとんどエビデンスがない政策に何百万ポンドもの資金が注ぎ込まれ、新しいアイデアはほとんど試されたり検証されたりすることがありません。多くのOECD諸国でミッション主導型イノベーションのアジェンダを支援するためにR&D予算が大幅に増加している中、インクルーシブなグリーン経済への効果的な移行を確保するために、よりエビデンスに基づいた実験的イノベーション政策を導入するよう私たちが呼びかけることは最重要であると考えています。
実験的政策とは何か
政策立案者はしばしば、明確な解決策がなく、多くの選択肢を検討しなければならない課題に直面します。迅速に行動するよう圧力がかかる中で、通常は既存の政策か一つのアイデアが採用されます。そして毎年、何が効果的で何が効果的でないかについて信頼できるエビデンスがほとんどない中で、イノベーションと経済成長政策に数十億ポンドが費やされています。イノベーション制度の評価のうち、因果関係の強力な証拠を提供する信頼できる対照実験を確立したのはわずか3.7%で、影響を示したのはわずか0.4%です。
実験的政策を用いることで、小さな規模から始め、異なるデザインを体系的に試行し、解決策を拡大する前に何が効果的かを確認することができます。これにより、新しいプログラムのリスクを軽減するだけでなく、公的資金を節約し、実世界での影響を確実にする継続的な改善が可能になります。迅速な試行から無作為化比較試験(RCT)まで、実験にはさまざまな方法があります。政策立案者は、問題をより深く理解しようとしているのか、既存のプログラムを最適化しようとしているのか、あるいは全く新しい解決策を開発しようとしているのかに応じて、異なるアプローチを選択できます。しかし、実験的であるためには、新しいプログラムをパイロット的に実施するだけでは不十分です。新しいことを試すのは重要ですが、真の実験には、政策が機能しているかどうかを学び、この情報を将来の意思決定に活用するためのシステムを整備することが必要です。
グリーン経済への移行に必要なこと、そして実験的政策がどのように役立つか
1. 適応
より環境に優しい経済への移行は一度では実現しません。変化は、持続可能な成長とインクルーシブなイノベーションに向けて、時間をかけて体系的な変化が起こるようにするための一連の微調整と適応を通じて行われます。なぜその必要があるかは、気候危機が最も影響を与えるのは誰かを考えれば分かることでしょう。私たちの適応方法は、堅牢なエビデンスと、他の地域へのイノベーションの普及前に地域レベルで何が効果的かという証拠を蓄積する実験的政策に基づいている必要があります。世界のどこでも通用する画一的なモデルは存在しないからです。
実践としてはどのようになるでしょうか?新技術は重要な役割を果たしますが、社会はその変化に適応する必要があります。行動変容を促すには、政策の意図した影響が実際に起こっているかどうかを確認するための実験的アプローチが必要です。例えば、オランダでは比較的エネルギー消費量の多い約1,100社が、2005年から2020年の間に30%のエネルギー節約を達成することを政府と合意しました。しかし、2015年になって、これらの企業の目標達成を支援するために定期的に送られていたフィードバックレポートがダウンロードされていないことが明らかになりました。そこで、同じレポートを別の形式で配信すればダウンロード数が増えるかどうかを検証する実験が開始されました。この実験では、別のメッセージと部門比較データを併用することで、レポートのダウンロード数が増加しただけでなく、調査結果が同僚や経営陣とより頻繁に討議されるようになったことが分かりました。この比較的小さな調整が、この政策の実施を効果的にする上で大きな違いをもたらしました。地域レベルでより堅牢なテストが行われれば行われるほど、ネットゼロを達成する上でのグローバルな課題に対処するための新しい方法が多く発見される可能性が高まります。
2.新しいアイデア
より環境に優しい経済の構築には、政策立案者が新しいアイデアを受け入れる必要もありますが、従来の政策立案プロセスは通常リスクを回避する傾向にあります。多くの場合、これには正当な理由があります。実験的な政策立案は、ここでも前に進む道のりを提供します。限られた資源を持つイノベーション機関にとって、実験はうまくいくか否かのエビデンスは少ないものの潜在的に大きなインパクトを持つ解決策のリスクを軽減することができ、未知の領域を探索するのに役立ちます。プロトタイプの作成、パイロットの実施、無作為化比較試験 (RCT) を通じて、アイデアの核心部分を様々な段階でテストしすることができます。こうして、特定のプログラムや提供方法の筋が良さそうかどうかについての仮定を検証するのに必要な程度のエビデンスを構築することができます。実験的な政策立案が当たり前のものとなるよう、政府機関内での文化を急いで醸成する必要があるでしょう。
新しいアイディアをテストすることで大きな恩恵を受ける経済部門の一つは、二酸化炭素排出の大きな部分を担っているにもかかわらず、しばしば見過ごされている中小企業です。中小企業によりクリーンな技術とベストプラクティスを採用させるには、迅速かつ最適な移行が実現されるような新しい規制や税制インセンティブが必要になるでしょう。しかし、中小企業に環境規制を遵守させるには、必要な変更を行うのに苦労している中小企業を支援するプログラムの最適化も必要です。行動変容を促すナッジや異なるプログラム提供方法をテストする無作為化比較試験 (RCT) を活用することで、企業が効果的な炭素削減インセンティブにこれまでよりも積極的に取り組むようになると思われます。
3.効果的な施策のみのスケーリング
気候危機が迫る中、効果があるかどうか分からない政策にお金を注ぎ込む余裕はありません。経済のあらゆる側面 - すべての企業、銀行、保険会社、投資家 - は、大規模な脱炭素化を確実に実現するためにモデルを変更する必要があります。同時に、市民の一部のみを利するようなイノベーションによって社会をさらに分断する余裕もありません。より持続可能な未来のためには、インクルーシブなイノベーション政策が最も重要です。イノベーション政策立案者の前には、インクルーシブなグリーン経済となるようにしながら高成長と生産性の向上を目指すという多層的で非常に困難な課題が待ち受けています。しかも、コロナ禍を思い出せば分かるように、状況は刻一刻と変化を続けています。一つの解決策に賭けるようなやり方ではスケーリングはもはや実現できません。そうではなく、有望なアイデアを幅広くテストし、必要なエビデンスの基準を満たすものにのみさらに投資するのがこれからのスケーリングのあり方です。
実証済みのマネジメント実践と技術を中小企業が採用するよう支援するためにビジネス・ベーシックス・プログラムを立ち上げた英国のビジネス・エネルギー・産業戦略省(BEIS)の事例を見ることで、良い実験デザインはどのようなものかを知ることができます。この900万ポンドのプログラムでは、単一のデザインを選ぶのではなく、介入の焦点、設計、提供方法について革新的なアプローチを取る様々な方法をテストしました。イノベートUKとIGLとのパートナーシップで提供された「実験基金」を通じて、BEISは合計31の政策実験とパイロットプログラムを支援しました。これらのプロジェクトを通じて中小企業を支援する中で様々なエビデンスが集まり、インパクト達成の成功例に関するポジティブな知らせと共に、多くの介入が現在の形式では機能しないということが分かりました。これにより、大規模に単一のアプローチとして提供された場合と比較して、多くの資金を節約することができました。実験的政策により、公的・民間部門の有限の資金が効果的な施策のみに追加の投資して使われるようになります。
4. より頻繁なフィードバックループ
この時点で、「実験はいつ終わるのか?」と疑問に思うかもしれません。イノベーション政策のフィードバックループが多ければ多いほど、政策やプログラムが望ましい影響をもたらすという確実性が高まります。これは、必要な確信度が得られるまで実験を使用することを意味します。実験はさまざまな方法で使用できるため、政策の成熟度に応じて、異なる実験方法を異なる期間使用することになるかもしれません。初期段階では多くの仮定をテストし、より成熟した政策では実施段階での最適化が必要かもしれない、という形です。実験的政策は、直感ではなく証拠が決定を導く文化を構築します。未知の領域を探索し、経済を人と地球のために機能させる最良の移行方法について実験を使用して仮定検証することに政策立案者が慣れれば慣れるほど、インクルーシブで持続可能な未来を実現する可能性は高まります。
最後に
イノベーショングロースラボでは、無作為化比較試験(RCT)の使用を強く推奨しています。なぜなら、RCTは効果の測定(つまり影響評価)だけでなく、問題の根本的な要因をテストし、プログラムの最終設計に情報を提供するためにさまざまなメカニズムを一度に探索したり、最終的な実施を最適化するために異なる政策実施を比較したりするためにも使用できるからです。実験的政策はよりグリーンな経済への移行の特効薬ではありませんが、世界的な課題に対する共有可能な解決策を考えるうえでローカルで確実なエビデンスを提供することができ、インクルーシブなイノベーションを中心にして進めることができるようになる強力なツールです。今後数ヶ月間、そして2022年1月の変革的イノベーション政策会議で、実験がどのように変革的イノベーション政策を支援できるかについての新しいアイデアを共有する予定です。私たちと私たちの仕事について最新情報を入手するために、IGLニュースレターに登録するか、直接innovationgrowthlab@nesta.org.ukに連絡してください。
このブログは、イノベーショングロースラボのシニアポリシーマネージャーのアレックス・グレニー氏と、経済分析および政策開発部門長のジェームズ・フィップス氏の支援を受けて執筆されました。