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永久保存版!政策起業家関係の文献・著書紹介

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はじまりの1冊―「政策起業家」とPEP―

PEPは、2019年3月25日に発売された、船橋洋一『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』(中央公論新社、2019年)をきっかけに立ち上げたプロジェクトです。本書は、独立系シンクタンクとしてのアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の8年間のあゆみをもとに、シンクタンク・パワーと政策起業力の実態を描く事を目的に執筆されました。

「21世紀は、20世紀後半の秩序と安定、成長と繁栄の枠組みが根底から揺らぎ、これまでの理念と方法論では十分に応えられない時代として立ち現れている。
 人口政策、金融政策、労働政策、教育政策、医療政策、環境政策、エネルギー政策、地方政策、(中略)…どの分野も、新たな理念と政策が求められている。そのためのダイナミックな政策起業力を必要としている。政策起業力の時代が訪れているのである」
船橋洋一『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』274頁

アメリカを中心とする海外のシンクタンクやそこに集うシンクタンカーたちの活躍を通して、本書は以上のような問題意識のもと、日本における政策起業家の必要性を主張して結んでいます。本書の問題意識は、今日に至るまでのPEPの活動に引き継がれていくこととなりました。

学術文献で読む政策起業家

「政策起業家」という概念について最初に本格的・体系的に扱ったのは、ジョン・キングダン(ミシガン大学名誉教授)が政策形成課程について分析した『アジェンダ・選択肢・公共政策(Agendas, Alternatives, and Public Policies)』(勁草書房、2017年[原著:2013年])であると言われています。

キングダンによれば、政策起業家とは以下のように定義されています。

「政策起業家は政策コミュニティのどんな場所でも必ず見つかるというわけではない。彼らは政府の内側や外側、公選職や任命職、利益団体や調査機関などにいる。しかし彼らの決定的特徴は、ビジネス起業家と同じように将来の利益を期待して時間、エネルギー、名声、時には資金まで自分の資源を投資する点にある。。投資に対する利益は、自分たちが推奨した政策の実現、政策に参加した満足感、さらには雇用の安定や昇進など個人的権力を増大させる形で戻ってくる」
キングダン『アジェンダ・選択肢・公共政策』166~167頁

ウォールストリートや丸の内・大手町などのビジネス街で事業を展開する「起業家(entrepreneur)」が、社会課題に対する問題意識をもとに、自己の資金や手腕を振るい、ワシントンD.C.や永田町・霞が関に位置する議会・省庁の中で扱われる「政策(policy)」に外側から関与する(起業する/entreprenize)。一見結びつかないような「政策」と「起業家」を融合した概念として、政策起業家は体系化されました。

さらにキングダンの議論においては、政策課程において「問題の流れ(社会問題の発生と認識)」「政策の流れ(問題解決のための政策アイディア)」「政治の流れ(政策形成に関わるアクターのコンセンサス)」の三つを合流させ、「政策の窓」を開ける、つまり政策革新を実現するアクターが「政策起業家」であるとされます。政策案を形成するだけではなく、問題を社会的・政治的に認知させ、さらには政策案を望ましい政策として社会や政治家・官僚のコンセンサスを得る。このようなアクターを、キングダンは政策起業家として描きました。本書は、以後の政策起業家研究でも必ず参照される古典的地位を占めています。

日本ではあまり顧みられることのなかった政策起業家ですが、英語圏では研究の蓄積が進んでいきました。中でも、アヴィラム(カリフォルニア大学バークレー校ポスト・ドクトラルリサーチャー)などは、アヴィラムなどによるAviram et al(2020), “Wind(ow) of Change: A Systematic Review of Policy Entrepreneurship Characteristics and Strategies”(Policy Studies Journal, Vol 48, No 3.)は、政策起業家について網羅的な研究を行いました。

アヴィラムによる論文は、229本の政策起業家に関する論文をレビューし、①政策起業家の特徴(所属するセクター、政策分野、個人/集団、関与する政府のレイヤー、地理的広がり)、②政策起業家の用いる戦略の特定と分類、③政策起業家の特徴と戦略の関係性の統計的分類などについて明らかにしています。

結論について説明すると長くなるため、ここでは③の政策起業家の戦略類型に絞って見ていきましょう。アヴィラムが示した政策起業家の戦略類型は、政策過程の段階に応じて分類されている点に特徴があります。図式化すれば以下の通りになります。

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出典:Aviram et al(2020), p14.

アヴィラムの論文では、この他にも政策起業家に求められる資質(信頼構築、説得、社会に対する鋭敏さ)などを挙げています。

2022年3月には、同じく英語圏で政策起業家研究を進めていたマイケル・ミントロム(オーストラリア・モナッシュ大学教授)の訳本『政策起業家が社会を変える(Policy Entrepreneurs and Dynamic Change)』(ミネルヴァ書房、2022年)が公刊されました。本書は日本語で読むことの出来る、政策起業家研究の最新の著作となっています。

なお本書の訳者の一人であり、自らも政策起業家として活躍する三井俊介さん(NPO法人SET理事長)も、政策起業家について以下のnoteでまとめておりますので、こちらも是非ご覧ください。

体験から読む「政策起業家」

キングダン以降、日本では長らく政策起業家に関する文献は見られておりませんでしたが、2022年1月には、PEPコアメンバーでNPO法人フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんによる著書『政策起業家 「普通のあなた」が社会のルールを変える方法』(筑摩書房、2022年)が発売されます。

本書は、駒崎氏がNPO法人フローレンス代表理事として政策起業に携わった経験をもとに、キングダンが定式化した「問題の流れ(社会問題の発生)」「政策の流れ(問題を解決するための政策アイディア)」「政治の流れ(政策形成に関わるアクターのコンセンサス)」の三つを合流させ、「政策の窓」を如何にして開けてきたかを綴った著作であると言えるでしょう。

この他、先程紹介したミントロム『政策起業家が社会を変える』の補論として、訳者の三井俊介さんが、自ら携わるNPO法人SETを事例として政策起業家について論じています。

書籍以外にも、PEPやその前身に当たるプロジェクトの取り組みにより、政策起業家が自らの体験をもとに語ったインタビューのシリーズも何点か公開されています。

エコシステムから見る政策起業家

このように、近年興隆を見ている政策起業家をめぐる研究動向ですが、政策起業家をより広く政策課程や社会変革の文脈に位置付けて捉える文献も見られ始めています。

東京大学 FoundX のディレクターの馬田隆明氏による著書『未来を実装する テクノロジーで社会を変革する4つの原則』(英治出版、2021年)では、テクノロジーの社会実装を行う上で政策起業家が果たす役割について政策起業家に注目されています。

また、官邸主導もとでの政策決定過程の問題点や、将来に向けた政策過程の刷新について議論する、元厚労官僚の千正康裕氏の著書『官邸は今日も間違える』(新潮社、2021年)でも、政策起業家とそのプラットフォームであるPEPや政策起業家に言及されています。

この他にも、PEPの前身プロジェクトによる以下の論考は政策過程における政策起業家のエコシステムについて論じています。

政策起業家の今後

本記事では、政策起業家について扱った研究・文献・オンライン記事を概観してきました。数年前には日本ではほとんど知られていなかった政策起業家ですが、様々な媒体で言及されることを通して、次第に浸透してきたと言えるでしょう。今後の日本の政策革新・社会課題解決において、政策起業家が果たす役割は益々大きくなってきていると言えるでしょう。