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ステファン・ベネット「気候政策のためのツール (3):政策におけるアートの6つの効果」

PEPでは、政策起業に関連した英語記事を翻訳して発信する翻訳コンテンツを定期的に発信しています。
今回は、英国政府内の政策デザイン研究所ポリシーラボから、以下の記事をお届けします。
翻訳元:Stephen Bennett,  Tools for climate policy (3): six effects of art in policy, Policy Lab, 2022/4/7

 

このブログ記事は、ポリシーラボが気候変動に関連する政策課題の文脈で用いてきた手法についてのシリーズ第3弾です。このブログでは、私が視覚芸術家として、またクロア・リーダーシップ・フェローシップ (Clore Leadership Fellowship) の一環として制作したインスタレーション/体験である「ガラスの家 (Glass House) 」を参照しながら、政策におけるアートの使用について説明します。シリーズの最初の記事では、COP26と同時期に開催された惑星のためのデザインフェスティバル (Design for Planet festival) でのコ・デザインプロセスについて説明し、2番目の記事ではシステム・マッピングについて考察しました。

Greenhouse Panes、SRG Bennett(2021年)、Glass Houseの一部として展示されたアート作品Greenhouse Panes、SRG Bennett(2021年)、Glass Houseの一部として展示されたアート作品

 

なぜアートと政策?

「圧倒されるような感覚...そして気候変動の影響を受けている人々についての作品を見たときの、『何かしなければ』という感情に訴えかける反応」
ジョン・エリオット、アストラゼネカディレクター、ガラスの家 (Glass House) にて

 

私は2018年に初めて、政策におけるアートの可能性について書き、アートが政策において3つの役割を果たす可能性があると提案しました。それ以来、実践ベースの研究プロセスを通じてこの探求を続けてきました。具体的には、道路マニュアル (Manual for Streets) に関する運輸省とのマルチメディアコラボレーションや、自動運航船の未来に関する思索的 (speculative) な旗など、ポリシーラボのプロジェクトから学びを得ています。また、クロア・リーダーシップ (Clore Leadership)ソーシャルデザイン・インスティテュート (Social Design Institute)芸術・人文科学リサーチカウンシル (Arts and Humanities Research Council) の支援を受けて行った私自身の研究と実践も含まれます。

このプロセスを通じて、政策立案におけるアートの多面的で深い効果についての理解が進み、現在では以下の6つの効果があると考えています。

1. 政策課題に対する認知度の向上
2. 政策に関連する問題の感情的要素を引き出すこと
3. 現状に代わるオルタナティブなビジョンの明確化
4. 政策に関連する情報を視覚・聴覚などの複数の感覚に訴える形で体験する機会の提供
5. 政策に関する対話の場の形成
6. 行動に向けた主体性の創出

思考実験として、これらアートの6つの効果を政策循環 (policy cycle) の6つの段階にマッピングし、Blue Planet IIから刑事司法におけるアートまで、21の既存のアート作品の例をこの図表に位置付けました。

アート - 政策 マトリックスに21の事例研究を位置付ける(画像出典:SRG Bennett)アート - 政策 マトリックスに21の事例研究を位置付ける(画像出典:SRG Bennett)

この研究についての詳細はこちらでお読みいただけます。このブログの次の部分では、実践的な芸術家としての私にとって基本的なプロセスについて説明します。私は手、目、想像力を使って、以下の理論的なアイデアを物理的な作品として具現化しました。

ガラスの家 (Glass House)

「アートと政策の組み合わせがもたらすべきものは、データと現実世界とのつながりだと思います。」
ポール・ケット、教育省スキル担当局長、ガラスの家 (Glass House)にて

 

2021年秋、私はガラスの家 (Glass House) を制作しました。このインスタレーション/体験では、気候変動に関するデータや情報を捉えた7つのアート作品が再生ガラスに描かれており、薄暗く感情を呼び起こすような空間に配置されています。ガラスの家 (Glass House) は、ベスナル・グリーンの地下納骨堂にあるルーメン・スタジオ (Lumen Studios) で開催され、特別に招待された2〜5人のグループが参加しましたが、参加者同士は互いを知りませんでした。この招待客のみのアプローチは、会場のソーシャルディスタンスポリシーに従うために必要でしたが、それはまた、異なる専門分野や人生経験を持つ人々を意図的に小さなグループとして集めることができた、とも言えます。以下の映像でガラスの家の概要をご覧いただけます。



ガラスの家の各アート作品は、政策におけるアートの可能性を示しています。例えば、「Layers of Bangladesh」という作品は、バングラデシュに関連する気候や社会経済データを、非常に視覚的かつインタラクティブな方法で重ね合わせたものです。これに対比する形で、3枚のガラスパネルで構成される人間サイズの作品「Layers of Southeast Asia」では、3枚のパネルでその地域の降雨量、洪水、人口の変化を表しています。参加者は、自分の身長、身体性、パネルに対して自身がどう動いたか、という要因によって、データの理解の仕方が変化したと指摘していました。

Layers of Bangladesh(背景右)、Layers of South East Asia(前景左)、SRG Bennett(2021年)Layers of Bangladesh(背景右)、Layers of South East Asia(前景左)、SRG Bennett(2021年)

ガラスの家のすべての作品において、データは、古い温室を改築または撤去しようとしている市民菜園オーナーから調達したガラスの上に描かれています。一部の作品では、パネルを磨き上げて元の状態に戻すために懸命に努力しました。他の作品では、ギザギザで壊れやすい素材と、気候変動の感情的で実存主義的な性質との間に線を引こうとしました。この目的のために、「Broken Arctic Map」では1979年から2020年までの北極の氷床の減少を、傷ついて割れた10mmのガラスに刻んでいます。「Greenhouse Panes」に描かれた気候変動の影響の画像は、歪んで気泡が入っており、判読不能なほど色あせています。

SRG-Bennett-Climate-Discussion-9-low-res-2048x1536Climate Data Discoveryに囲まれたガラスの家の参加者たち、SRG Bennett(2021年)

展示の最後の作品は「Climate Data Discovery」でした。このインスタレーションでは、40点の気候変動に関するエビデンスを空間に配置しました。参加者には自身の興味に従って自分の好きな時間に情報を見てもらいました。30分後、参加者に椅子に座ってお互い向かい合い、最も印象に残った情報とその政策的意味について話し合うようお願いしました。見た作品の有形無形の側面を振り返る参加者同士の対話は、ガラスの家のインスタレーションにおける最後の作品となることを意図していました。

アーティスト・プレイスメント・グループ (Artist Placement Group) を振り返って......

政策立案の文脈でアートを使用することには、いくつかの興味深い先例があります。すでに、英国で政策決定が行われる場所の壁には、政府アートコレクション (Government Art Collection) という名のもとでアート作品が飾られています。ニューヨーク市政府は、パブリック・アーティスト・イン・レジデンス (Public Artists in Residence) プログラムを運営しており、アーティストをニューヨーク市衛生局やニューヨーク市報告・情報サービス局などの場所に配置し、アーティストが「創造的な問題解決者」であるという前提のもと活動しています。

興味深い例として、1960年代から1970年代にかけての英国における革新的な取り組みであるアーティスト・プレイスメント・グループ (Artist Placement Group, APG) があります。当初、APGは公共部門と民間産業の両方で活動していましたが、1972年にアーティストのバーバラ・ステヴィニー (Barbara Steveni) が英国政府とホワイトホール政府官庁覚書 (Whitehall Civil Service Memorandum) と呼ばれる協定を交渉し、APGの役割をスコットランド省や保健社会保障省 (National Department of Health and Social Security) を含む政府組織に拡大しました。数カ月から数年にわたり、アーティストたちは組織のあらゆる部門の職員とともに働き、ホスト組織の活動に変革をもたらす可能性のある提案を生み出そすことに努めました。この活動によって生み出された影響力のある魅力的な事例として、全国テレビで放送されたビデオアート作品や、イアン・ブレイクウェルの「Diary」という継続的なマルチメディア日記などがあります。「Diary」は、ブロードムア精神科病院のチームが患者の状態改善のために対話重視のアプローチを導入する後押しとなりました。

気候変動のような課題に取り組む学際的なスタジオ

「おそらく毎日このデータにどっぷり浸かっている人間として思うのは、実際に足を止め、立ち止まり、データが通常とは少し異なる形で提示されているということについて考え......意識的に向き合ったり、さらにはデータを読み取る段階で苦労すらしなければならないというのが......実のところ、これらの情報と再び向き合うためのとても良い方法なのではないかということです。」
エイミー・ジェンキンズ、ビジネス・エネルギー・気候変動省クリーン成長部門副部長、ガラスの家 (Glass House) にて

 

1959年、作家のC・P・スノーは「二つの文化」という影響力のある本を著し、芸術と科学が学術的議論の対極に位置するという考え方について考察し、その考え方をおそらくより強固なものとしました。過去10年間で、政策課題に取り組む際のさまざまな手法の利点について、より流動的で、交換可能で、学際的な理解を促す動きが見られるようになりました。ジュネーブにある大型ハドロン衝突型加速器を有するCERNは、素晴らしい芸術プログラムを主宰しています。ロンドンの歴史ある美術学校であるセントラル・セント・マーチンズ (Central Saint Martins) は、芸術と科学の修士号コース (MA in Art and Science) を運営しています。英国の政府科学局は、廃棄物に関する報告書で芸術的な写真を使用し、2015年の高齢化人口に関するプロジェクトでスペキュラティブデザインを使用するようポリシーラボに委託しました。これは、国家政府でスペキュラティブデザインを使用した初めてのプロジェクトでした。

ポリシーラボでは、使用する実践とそれらを展開する場所を絶えずアップデートしており、現在では芸術家、デザイナー、研究者、キュレーター、エンジニア、エスノグラファー、映画製作者、政策立案者などを含む学際的なスタジオとなっています。これらのスキルにより、私たちは複数の角度から政策課題にアプローチし、多数の方法論を用いて大きく、深く、豊かな洞察を集めることができます。

気候変動は、複雑で多数のシステムが絡む問題のほとんど典型例のようなものです。この問題に取り組むには、創造性、共感、感受性、精密な知的努力が必要です。そのためにはおそらく、市民を有意義な対話に参加させること、エビデンスを解明し、より多くの人々に公開すること、そして常識にとらわれない解決策を考えることが必要でしょう。アートは、このような政策課題に取り組むために私たちが活用できる一つの戦略です。

 

この記事には、Open Government License v3.0の下で提供されている公共セクターの情報を含みます。
This article contains public sector information licensed under the Open Government License v3.0.
翻訳:児玉( PEP インターン)
監修:野澤