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ダグラス・エルメンドルフ「研究成果を政策に反映させる方法: 政策立案者とのコミュニケーションを成功させるための推奨事項」

PEP では、政策起業に関連した英語記事を翻訳して発信する翻訳コンテンツを定期的に発信しています。
今回は、イノベーション政策に関する米国のシンクタンク Institute for Progress から、以下の記事をお届けします。
翻訳元: Doug Elmendorf, How to Translate Research Findings into Policy, Institute for Progress, 2022/10/20

このスピーチは、2022年7月に開催されたNBERサマー・インスティチュートのパネル「イノベーション研究の政策への橋渡し:課題と機会」で最初に発表されました。

 

はじめに

私をはじめ経済学者の多くは、単にその分野と手法に知的な魅力を感じたからだけでなく、優れた経済分析が世界をより良い場所にできると信じているからこそ経済学の道を歩んでいます。しかし、経済学者が自分の研究を政策立案者への実用的なアドバイスに変えようとすると、しばしば行き詰まり、挫折を味わいます。幸いなことに、政策立案者に耳を傾けてもらえるための話し方は、理屈で説明ができず感性的に会得するしかないようなものではありません。成功の確率を高めるために具体的にできることがあります。

私は、研究結果を受け取り、それを政策決定に適用する機関で、キャリアの大半を過ごしてきました。全米経済研究所 (NBER) の夏季会議に出席した経済学者のグループに5つの推奨事項を提示しましたが、以下にそれらの推奨事項を(若干修正した形で)再現します。

 

1. ほとんどの政策立案者は、政策変更によって誰が得をして誰が損をしてしまうかを非常に気にかけており、効率性の抽象的な概念にはあまり関心を持ちません。

ほとんどの政策立案者は経済学の専門家ではないため、経済学者の意味する「効率性」を理解していません。しかし、我々の効率性の見方を理解している政策立案者でさえ、補償的な副次的支払い(compensating side payments, [訳注] 政策変更によって得をしてしまう人々が、損をしてしまう人々に補償を提供すること)がめったに起こらないことを認識しています。政策立案者にとって、「誰もが良くなる可能性がある」という考えは思想としては素晴らしいものですが、実際にはあまり役に立たないものです。

政策立案者が分配効果を重視することの意味するところは、自分の研究結果を、政策変更によって様々なグループの人々の所得に及ぶ影響に置き換えて説明するよう努めるべきだということです。この置換はいつも理に適う形で行うことができるわけではありませんが、可能な場合にはそうすることが重要です。また、なぜ収入が変化するのかを説明してください。政策立案者やその聴衆は、もっともらしい説明を聞かなければ、結果を信じようとしないでしょう。

役に立つ経験則:収入変化の質的な記述は、まったく説明がないよりもずっと良いです。大まかな数値近似は、質的な記述よりもずっと良いです。一般的に、収入の中央値は平均収入よりも興味を引くものとなります。政策変更によって収入を失う世帯のタイプを特定することは重要です。また、収入以外に何を得る可能性があるか、どのように政策の影響から少なくとも部分的に緩和されるかを説明することも重要です。

 

2. 政策立案者に影響を与える主要な政府機関や非政府団体に焦点を当て、それらの機関や団体の利益について考えてください。

私は、選出された議員とその個人スタッフへの直接的なロビイング活動に反対しているわけではありません。そのようなロビイング活動が効果的な場合もあります。なぜなら、これらの議員は人との関係を重視していて、直接の対話に反応する傾向があるからです。しかし、私の経験では、選挙で選ばれた議員たちは、専門機関や外部組織を通じて情報を得ることが多く、そのような機関や組織をあなたの視点に引き込めば、あなたの影響力を大幅に高めることができます。それはどのようにすればよいのでしょうか?

マーケティング業界の誰にとっても、「顧客の立場に立つ」というアドバイスは驚くべきものではありません。ここでのポイントは、機関や団体自身の任務と仕事へのアプローチを理解することです。多くの機関は、広い意味で世界をより良くするだけでなく、なんらかの具体的な目標を達成する必要があります。あなたもそれらの目標に取り組む必要があります。ほとんどの機関には、外部からの様々な要請に対応する形で発展した特定の仕事のやり方があります。それらの仕事のやり方があなたには間違っているように見えたとしても、それらの外部の要請を真剣に受け止めることが、あなたが念頭に置いている機関を動かすための前提条件かもしれません。

ここでの明らかな例として、総労働力やGDPの他の側面の変化を許可せずに、10年間のみの予算効果を推定する議会予算局 (CBO) の既定のアプローチが挙げられます。このアプローチは誤解を招く推定につながる可能性があり、私はこのアプローチ以上の推定ができるようにCBOの同僚たちと一緒に懸命に働きかけました。将来的に、CBOがさらに前進できることを願っています。しかし、この既定のアプローチは偶然のものではなく、ある外部要因の結果であり、CBOのアプローチを変えようとする試みにおいては、その外部要因を真剣に受け止める必要があります

 

3. 技術的な言葉を使わずに学術的標準からは外れたコミュニケーションをしましょう。

可能な限り、専門用語や技術的な内容を避けてください。一般的に賢い人々と話をすることになるので、メッセージを単純化しないでください。しかし、これらの人々は通常、経済学者としての訓練を受けていませんし、その訓練を受けた人でさえ、最新の研究を追う時間や動機はありません。だからこそ、あなたが必要なのです。セミナーで行っているように、最新の略語を使い回したり、あなたの研究のひとつ前の先行研究を話の起点にしたりしてはいけません。経済学上の優れたアイデアは、時間をかけて考え抜けば、ほとんどの場合、平易な英語で説明できます。

また、論文よりも短く、文章にこだわらない形式でコミュニケーションを行うことが重要です。聴衆の時間は限られており、また特に影響力のあるスタッフメンバーの多くは若いため注意力が短い可能性もあります。私がCBOに在職中のことですが、連邦議会のスタッフが最もよく我々のウェブサイトにアクセスするタイミングは、会議中に携帯電話で見ているとき、という調査結果が出ました。つまり、私たちの主要な生産物は8.5インチ×11インチのページに印刷されたレポートや推計だと考えていたのですが、読者は小さな画面で我々の仕事の成果を見ていたのです。そうなると、最適なプレゼンテーション方法も変わってきます。

約10年前、我々は標準的なレポートと並んでインフォグラフィックスや図表集の制作も始めました。最初のインフォグラフィックスの1つは森林伐採と炭素排出に関するものでしたが、レポートの著者は当初、洗練された分析を「絵」にすることを心配していました。しかし後に、C-SPAN(訳注:アメリカ合衆国議会の中継を行っているケーブルテレビチャンネル)を見ていた人が、その分析を要求した上院議員が上院を歩き回り、他の上院議員にインフォグラフィックスを見せているのを目撃しました。これがコミュニケーションの成功です。

不確実性について正直であることは重要ですが、非常に難しいことです。私のCBOでの経験では、可能な場合に信頼区間を提示することで私と同僚たちの気分は良くなりましたが、聴衆にはあまり効果がありませんでした。新たな次元の情報が追加されることでよりややこしいものとなってしまうか、追加された情報を自分たちに有利な形に歪めて理解してしまうか、のどちらかでした。

 

4. 研究結果を政策に反映する際は、忍耐強く、粘り強く行動してください。

政策立案者やそのスタッフは、暇な午後に、経済学者が現れて自分たちの仕事のやり方をどう変えるべきかを教えてくれるのを待っているわけではありません。法案の成立、規制の発行、契約の締結、法的課題への対応など、次々に訪れる締め切りに直面しており、とても忙しいのです。また、有権者、寄付者、利益団体、他の政府関係者、専門家を名乗る人物、本物の専門家など、多くの利害関係者と日々やり取りをしています。

政策立案者の立場に立って、専門的な言葉を使わずにコミュニケーションを取ることで、これらの方々の時間を効果的に使い、信頼を築くことができます。ある日、あなたが政策問題に対する新しくて既存のものよりも優れた答えを持って現れたとしても、政策立案者が一転して変わることを期待しないでください。あなたとあなたの判断に対する信頼を築き、あなたの発言を他の情報源と照らし合わせる時間を与え、あなたの発言をどのように最大限活用できるかを考える時間を与える必要があります。

もちろん、公職者やスタッフにあなたの見解を説得できたとしても、実質的な成果を上げるためにはそれらの転向者は他の多くの公職者やスタッフに対応する必要があります。経済学者にとって重要なのは、政治的な機が熟したときに公職者が準備できるよう、できるだけ幅広い層に理解が及ぶよう努める必要があるということです。私のCBO時代の例ですが、医療保険制度改革法(Affordable Care Act)が実現できたのは、2009年の政治情勢と論点、そして先行する20年間に健康経済学者によって行われた研究、モデリング、教育、という2つの重要な要素が結びついたからです。

 

5. 長期的な視点を持って、学生に政府や政府関連組織での政策関連の仕事を奨励してください。

我が国は、社会科学を理解して政策立案者と直接協力する人々を切実に増やす必要があります。大学院生や学部生は、連邦政府、州政府や地方政府、そして世界開発センター (Center for Global Development)、米国科学者連盟 (Federation of American Scientists)などの組織で、やりがいのある機会を見つけることができます。これらの機会の中には、いわゆる「永続的な」仕事もあれば、明確に期間が限定された仕事もあります。

もちろん、優秀な学生が政府や政策組織のどんな仕事でも受け入れることをお勧めしているわけではありません。学生はポジションを受け入れる前に慎重に検討して、その場所の雰囲気をよく理解するべきですが、素晴らしい機会はたくさんあります。

さらに、長期的または短期的に政府や政策組織で仕事をすることもできます。例えば、私がCBO局長だったとき、デボラ・J・ルーカス (Debbie Lucas) にマサチューセッツ工科大学から休暇を取ってCBOの財務分析能力を高めてもらうよう説得できたことは非常に幸運でした。また、ジェフリー・R・クリング (Jeff Kling) をCBOに引き入れて、幅広い経済分析を監督してもらえたことも非常に幸運でした。

これらの推奨事項はどれも特効薬ではありません。政策は複雑です。政策立案者の注意を引き続けることは難しく、あなたが取り組む政治的討論の多くはあなたには制御できません。しかし、政策立案者がどのように活動し、何を必要としているかに細心の注意を払うことで、政策立案者とのコミュニケーションを成功させる確率を高めることができます。

 

この記事の公開にあたり、Institute for Progressから記事の翻訳・公開の許可を個別に取得しています。
翻訳:児玉(PEPインターン)
監修:野澤