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行政府と民間人材登用

行政府と民間人材登用

1. 行政での民間人材登用は加速するか

来年秋に発足するデジタル庁で「民間人を100名登用する」という報道がありました。民間のスピード感覚や個別分野の専門性を持っている外部人材が政策の現場で活躍する流れは、今後加速していくのでしょうか。

昨今、宮坂学東京都副知事(元ヤフー株式会社代表取締役)や畑中洋亮神奈川県顧問(元株式会社コトブキ役員、現在は厚生労働省健康局参与兼新型コロナウイルス感染症対策推進本部CIO補佐)をはじめとし、行政における民間出身者の功績がメディアで大きく取り上げられました。「30代の天才IT大臣」として一躍有名になった台湾のオードリー・タン(唐凰)氏も注目されています。今回のデジタル庁のように、伝統的な公務員では知見が十分とはいえない領域においては外部人材の活躍が期待されるところです。デジタル分野をきっかけに、官民の人材交流が比較的低調とされた日本においても、「公的領域で民間出身者を活用すべき」という風潮が少しずつ強まるかもしれません(ここで言う民間出身者とは、企業やNPO、大学などに務めていた者を指します)。

そこで、本稿では欧米諸国の行政府において民間人の活用はどの程度進んでいるのか、またそれらと比べて日本はどうなのか、そして日本において民間人を活用していくためには今後どうすればいいかなどを取り上げたいと思います。

2. 諸外国における事例

 

2-1. ダイナミックな「リボルビング・ドア」が実現するアメリカ

アメリカの連邦政府は後述するイギリスや日本と異なり、外部に対する高度な開放性を特徴としています。政権交代のたびに3,500-4,000人もの職員が入れ替わると言われるダイナミックなリボルビング・ドアが実現される理由は大統領制にあります。

大統領制をとるアメリカでは、日本やイギリスとは異なり、行政は議会からの強い独立性を保っています。そのため、選定に関して制約が少なく、各省長官や大統領補佐官はもちろん、日本やイギリスにおいて試験任用で選抜されている各省次官・次官補・局長や、SES(Senior Executive Service)と呼ばれる上級公務員の10%も大統領の裁量によって選ばれます。そのため、政治任用職は公務員数全体の約0.2%にものぼり、上記のような大規模な人数の入れ替わりが起きるのです。

これらの政治任用のポストは、上下両院議員・州知事からの登用や過去の政権で高官を務めた人物の留任・再任用など、政治的エリートによる配分に加え、民間人による就任も一般的となっています。トランプ政権においては、スティーブン・ムニューシン財務長官(ゴールドマン・サックス元幹部)やベン・カーソン住宅都市開発長官(神経外科医)、ピーター・ナバロ国家通商会議委員長(カリフォルニア州アーバイン校教授)など、民間出身者が多数登用されました。アメリカ政府の外部に対する開放性の高さが伺えます。

 

2-2. 制度的には日本に近いイギリスでの民間登用

イギリスは日本と同様に議院内閣制であり、内閣(行政府)は議会(立法府)の信任に依存し、首相は多数党の党首に、閣僚の多くは多数党所属議員によって占められるため、アメリカ連邦政府に比して閉鎖的なものとなる傾向にあります。

イギリスにおける大臣のポストは、担当省を有する「閣内大臣(Secretary of State)」と、専ら閣内大臣の補佐を行う副大臣相当の「閣外大臣」(Minister of State)の2つに分けられます。いずれも慣習上庶民院もしくは貴族院所属の議員の中から選ぶこととなっており、以下に見る日本の場合のように民間人から選ぶことは原則上は出来ません。

一方で、イギリスには首相や閣内大臣の助言者となる特別顧問という役割があります。外部からの政治任用が可能な特別顧問は、首相の場合は無制限(ただし多いときでも30人弱)、閣内大臣の場合は2人まで任命することが可能であり、サッチャー・ブレア両政権期に活用が拡大しました。過去にはジャーナリストや学者、弁護士、民間企業出身者などが特別顧問に就任しており、政府中枢部の首相・大臣が政治家たる議員によって占められる中、直属のスタッフとして民間人を登用できる仕組みを担保しています。

各省庁の官僚については日本と同じく、基本的に試験任用で選ばれます。ただしトップ200と呼ばれる高級官僚は幹部委員会によって外部も含めた公募で選出される点が日本と異なっています。高級官僚の公募制は近年になって導入されたものですが、これにって官僚機構の上層部の開放性は向上したと言えます。

以上のように、元来閉鎖的であったイギリスの議院内閣制は、内閣周辺や官僚機構上層部を中心に開放性が拡大しています。

 

2-3. 日本の人材流動性に関する状況

イギリスと同様に、議院内閣制を採用する日本の行政府は、やはりアメリカに比して閉鎖的なものとなっています。内閣総理大臣によって任命される国務大臣は、憲法第68条において、その過半数を国会議員の中から選ぶこととされていますが、過半数以内での民間人の登用は否定されておらず、過去には、経済学者の竹中平蔵氏(小泉内閣の経済財政差政策担当相)・大田弘子氏(第1次安倍内閣の経済財政政策担当相)、サントリー株式会社社外取締役で元官僚の川口順子氏(第2次森・第1次小泉内閣の環境相・外相)など、民間出身の国務大臣も選出されています。

ただし、民間人閣僚は全体としては極めて稀なケースであり、多くの内閣では国務大臣は通常すべて衆参両院議員によって占められます。これは、日本において慣習上、閣僚ポストが与党内政治や当選回数などによって決まることにも起因しています。副大臣や政務官についても、国会議員から選ばなければならない規定はありませんが、慣例的に衆参両院議員が務めてます。この他、内閣総理大臣補佐官など政治任用のポストは一定数存在するものの、やはり民間人が就任することは極めて少ないという状況にあります。

他方で、官僚機構内のポストについても、原則として試験任用によって選ばれます。特に幹部公務員は新卒で入省し職歴を重ねてきた、いわゆる「キャリア組」によって占められるため、日本の官僚機構は政治任用のアメリカとも、また高級官僚の公募制を採るイギリスとも異なっています。

このように、日本の行政府においては、「政」の主要ポストに民間人を起用することは制度上可能ではあるものの運用実績が少なく、他方、「官」についてはより一層閉鎖的な様子が伺えます

3. 省庁における官民人材交流の先進事例:「官」における人材交流の可能性

 

もっとも幹部ポストが開かれていないだけで、中堅級の職員の中途採用や任期付き専門職員などは、公務員全体に占める割合は小さいものの、公募が行われています。例えば、2019年3月に経済産業省が行った「空飛ぶクルマ」プロジェクトは注目を集めた取り組みの一つです。同プロジェクトでは、民間から週1日勤務、副業・兼業を条件とした職種の公募を行いました。

公募の結果、最終的には約1,500件もの応募があり、実際は、多くの民間人材が官民人材交流に対し関心があることが窺えました。「空飛ぶクルマ」プロジェクトを率いる経済産業省総括課長補佐の海老原史明氏は、官民の人材交流において週5日勤務の中途採用が、民間企業職員にとってキャリアや生活面の理由から忌避されていることを指摘し、週1日勤務、副業・兼業を条件としたことにより民間企業職員らの応募のハードルを下げることが可能になったと述べています。同事例は、新しい人材交流の可能性を示すものとなりました。

経済産業省に加え、IT技術を用いた事業の革新が進む金融分野を所管する金融庁においても、官民人材交流が推進されています。実際に金融庁は職員1,503人のうち、総数435人の民間人を受け入れており、約30%程の民間人が登用されています。表1が示すように、金融庁は他省庁と比べ、比較的多くの民間人を受け入れていることが窺えます。金融行政、フィンテックなどの領域は法律や会計など多岐に亘る専門性が必要となることから、金融庁では435人の民間人のうち、123人もの弁護士や公認会計士等が受け入れられています。金融庁は専門知識を有した民間人材を積極的に採用し、官民人事交流を通じた効果的な運営がなされている機関の先進的な事例であること言えるでしょう。

また、官民人事交流制度という任期付きの人材交流システムも存在し、当該制度を活用して採用される民間企業出身者の数は年々増加の傾向にあります。このように、日本では、一部の主要な幹部ポストを除けば、今日では官民の交流が見られ始めています。

表1 各省庁における民間人受け入れの現状

出典)内閣官房「民間から国への職員の受入状況」

4. 日本はどのように民間人材を登用していくのか

 前項で述べたように、日本は現行の制度の下では、政・官の主要ポストにおける民間人の登用は積極的に行われていない状況にあります。こうした状況を打開するための解決策として、①幹部公務員の公募制導入、②「官邸フェローシップ制度」などが提案されています。

①の幹部公務員公募制は、既に見たように議院内閣制を採るイギリスにおいても導入されていることから、日本においても採用が検討し得るものであると言えます。現状、公募制を導入したとしても、現行の霞が関の官僚機構の独特の慣行や働き方に対応できる民間人がいなければ成り立たないことも予想されます。公募制を導入する場合、優秀な外部人材が活躍できるような組織変革も必要になるかもしれません。

また、弊財団の船橋洋一理事長は、著書『シンクタンクとは何か』において、アメリカのホワイトハウスフェロー制度を参考に、民間の人材を数年間官邸で採用する「官邸フェローシップ制度」の導入を提言しています。これは、現行の任期付き職員募集制度とは異なり、「グローバルに競争力のある政策起業家と公共施政のプロを育て、公共政策の立案、検証、評価の質を向上させ、政策助言システムを強化し、社会全体の政策リテラシーを高める」ことを意図するものです。官邸主導の政権運営が定着しつつある中、政府中枢での勤務経験を民間人材に開放することにより、政策起業力のある民間人材の創出に寄与することを狙いとしています。

5. おわりに

依然として行政府の人材的な開放性が低い日本ですが、官僚機構における民間人材活用の気運は次第に高まっています。

特にデジタル庁については、菅義偉首相は、2020年9月に行われたデジタル改革関係閣僚会議の初回会合で、「官民問わず能力が高い人材が集まって社会全体のデジタル化をリードする組織」の設立が必要であると述べ、デジタル庁の設置に向けて積極的な姿勢を示しました。また、4月に公募されるデジタル庁の民間人材枠では、兼業可能、リモートワークなど民間人材が能力を発揮しやすい新しい形も検討されています。

今後、より多様な政策課題に取り組むにあたって、官民の交流が促進され、日本の行政においても民間人材が活躍できる制度運用、制度設計を通じて、外部の優秀な人材の登用が行われることが期待されます。

参考文献等一覧

―書籍―

網谷龍介・伊藤武・成廣孝『ヨーロッパのデモクラシー〔改定第2版〕』(ナカニシヤ出版、2014年)

久保文明・砂田一郎・松岡泰・森脇俊雅『アメリカ政治〔第三版〕』(有斐閣、2017年)

曽我謙悟『日本の地方政府 1700自治体の実態と課題』(中央公論新社、2019年)

田中秀明『官僚たちの冬 霞ヶ関復活の処方箋』(小学館、2019年)

濱野雄太「英国の省における大臣・特別顧問」『レファレンス』709号(2010年)

船橋洋一『シンクタンクとは何か 政策起業力の時代』(中央公論新社、2019年)

―WEB―

田中秀明「〈シリーズ〉森友問題を考えるー政策立案・実施と公務員制度」、2018年4月3日(https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2901

内閣官房内閣人事局「民間から国への職員の受入状況」2019年5月31日http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/jkj_ukeire_r020226.pdf

日本経済新聞 「デジタル庁に民間100人超」2020年11月13日https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66190930T11C20A1MM8000

NHK「トランプ大統領~アメリカ政治の今~」2019年8月14日https://www3.nhk.or.jp/news/special/45th_president/articles/members.html

CNET Japan 「空飛ぶクルマプロジェクトが経産省では”異例”の「週1官僚」を募る理由」2019年3月7日(https://japan.cnet.com/article/35133398/

日本経済新聞 「デジタル庁、民間人材は兼業可能に」2020年12月21日https://www.nikkei.com/article/DGKKZO67515860Q0A221C2PE8000